2015年1月、2月、3月分の日記です
2015年1月21日 水曜日
いいとこ取り熟年交際のススメの本の表紙
最近、テレビでも書籍でも、人生経験豊富な女性が人気です。勝間和代さん、室井祐月さん、岩井志麻子さん、阿川佐和子さん、中村うさぎさん、マツコデラックス(あっ、これは違うか)などはその代表格ですが、今回紹介する「いいとこ取り、熟年交際のススメ」の著者で漫画家の西原理恵子(サイバラリエコ)さん(50才)も、その一人です。
本書は医師の高須克弥さん(70才)との交際記録(恋人として)を縦糸に、彼女の人生哲学を横糸に、漫画家らしいギャグも織り交ぜながら、特に女性が笑って人生を暮すための指南書に仕上がっています。新潮社刊だけあってエロ系ではありません(笑)
「0点の女には0点の男しか寄ってこない」とか「人生の優先順位」とか、笑った後に深くうなずきたくなる言葉の数々は、どこまでも具体的で、女性的で、母親的です。
マーガレットサッチャー女史とミッテランが愛人関係であったことは有名な話ですが、若い時とは違う、人生の厳しさを知っている者同士だからこそ楽しめる関係性というものは、失楽園の刹那的な純愛とは違い、もっと明るい関係性になり得ることを本書を読んで思いました。

2015年2月8日 日曜日
映画「深夜食堂」のチラシ
松岡錠司監督作品「深夜食堂」を観ました。
原作は安倍夜郎がビッグコミックオリジナル(小学館刊)に連載した人気マンガで、テレビドラマとして制作された作品の劇場版です。
深夜にしか営業しない小さな食堂「めしや」で織りなされる人間模様は、せつなく、悲しく、ちょっと笑えて、宣伝通り、小腹も心も満たされました。(小腹はたいやきによってですが。Tジョイさんごめんなさい。でもコーヒーは買いました)
作品中、小料理屋を持つ夢を追いかけて新潟県親不知から上京してきたものの、信頼を寄せていた男に裏切られ路頭に迷った挙句、「めしや」で無銭飲食をしたことがきっかけで「めしや」に住み込みで働くことになった若い女、みちるを多部未華子さんが演じたのですが、貧しかった故郷での小学生時代の話をじっと語るシーンは圧巻でした。
ところで、この作品には新潟県の郷土料理が出てきます。「めしや」で働くことになったみちるが、食材を買出しに行った八百屋さんで偶然「糸かぼちゃ」(長岡の方言では、なます瓜)を見つけ、三杯酢にしてお客さんに出します。
私も子供の頃よく食べたものですが、そのまま湯がいたものにマヨネーズをかけて、サラダのように食べてもシャキシャキして美味しいです。
テレビドラマ版「深夜食堂」はBSN新潟放送で毎週木曜日の深夜1時28分から放送されています。

2015年3月10日 火曜日
100分で名著フランケンシュタインのテキスト
私はラジオが好きで「伊集院光、深夜の馬鹿力」も好きな番組の一つです。発想で笑わせてくれる彼の話芸を毎週楽しみにしていますが、今年2月初旬の放送で彼がちょっと気になることを言ったのです。
彼がMCをしている、世界の名著を100分で読み解くというテレビのバラエティ番組の「フランケンシュタイン」を取り上げた回で、容姿に強いコンプレックスがあって学校に行けなかった過去があることや、それに関連した彼自身の心の闇について、共演のアナウンサーが引いてしまうくらいの態度をとってしまったというのです。
実は、このテレビ番組も私のお気に入りで、毎週欠かさず見ていますが、「フランケンシュタイン」といえば文学作品というよりは娯楽映画のイメージが強く、読書家ではない私には親近感がわいたことと、フランケンシュタインと伊集院さんの心の闇がつながるということに興味がわいて、テキストまで買ってしまいました。(笑)
作品の正式な原題は「フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス」で、実は現代のプロメテウスという部分が映画になったら抜け落ちてしまって、原作とはかけ離れた単なる恐怖映画になってしまったことが番組の中で明らかにされていきました。
科学者であるビクターフランケンシュタイン博士は生命の秘密を探り当て、ついに死体から人造人間を生み出すことに成功します。しかし、誕生した生物の醜悪な姿を嫌悪して見捨ててしまいます。
やがてゲーテを読み涙を流すほど高度な知性と豊かな感情を獲得した生物は、人間の理解と愛を求めますが、拒絶され疎外されて、人としての苦しみをすべて背負わされ、復讐と憎悪が支配する、名のない怪物へと変わっていきました・・・。恐らく伊集院さんはこのあたりで怪物にシンパシーを感じたのではないでしょうか。
19世紀に書かれた、この作品が語りかけてくるもの、疎外が邪悪を生み出す。科学者の罪と罰。怪物とは私たち自身ではないかという問いかけは、現代でも色あせることがないどころか、切実なものとして胸に迫ってきます。
この作品の著者メアリーシェリーは美しい女性で、19才でこの作品を書き上げたことにも驚きましたが、作品冒頭の前書きで「「幸運を祈りつつ、私は醜いわが子を世に送り出す」と書いています。この意味深な言葉はフランケンシュタイン博士と自身を重ねているのか、気になります。
「フランケンシュタイン」確かに優れた文学作品でした。

2015年3月15日 日曜日
映画「さいはてにて、やさしい香りと待ちながら」のチラシ
美しい奥能登の海辺を舞台に、幼い頃、離婚で父と生き別れ、独りで生きてきた女性、岬(永作博美)と、若いシングルマザー、絵里子(佐々木希)の心の交流を描いた、とても静かで、やさしい映画「さいはてにて」を観ました。監督は台湾の女性監督チアンショウチョンです。
素晴らしかったのは、主人公の岬が、この海辺にたどり着くまでの人生を、彼女の働きぶりや、日常のちょっとした所作、乗っているクルマ、絵里子の子供のとの接し方などで観客に想像させることと、この作品のモチーフになっていると思われる宮沢賢治の「よだかの星」の一節を絵里子の子供である、小学3年生の有沙の朗読で聞かせることで、岬の孤独と、有沙の孤独、感じ方は違うけれども、それぞれが持つ孤独を際立たせ、それが物語の結末につながっていくという展開です。無駄な説明がなく、スッと作品の中に入っていける心地よさは、永作さんの演技力あってのことだと思います。
今を懸命に生きる女性たちへ、独りで頑張らなくてもいいんだよというメッセージが伝わってくる作品でした。
マスカーニの歌劇「カヴァレリアルスティカーナ」の間奏曲が劇中で効果的に使われており、能登の海に吹く風に思えました。

2015年3月18日 水曜日
やっと地域の班長が終わりました。やれやれです。
白山5丁目1班は22戸からなり、班長、副班長、公民館委員、会計監査委員などの役員を当番制で分担しています。班長の任期は1年で、町内会費、消雪組合費、班費の徴収、各種配布物と回覧板の配布、お花見会の企画運営、防災訓練のリーダー、役員引継ぎ会の企画運営と会計といったところが主な仕事です。
5丁目では町内会費のほかに、赤い羽根とか歳末助け合い、日本赤十字社費、社会福祉協議会費、小中学校の後援会費など、1戸当たり年間約5千円となる、いわゆる募金を、全戸が協力してくれるという前提で町内会費と同じように徴収しています。なので班長が徴収する金額は一戸当たり年間約2万5千円にのぼります。
本来、募金とは個人の自由意思でするべきだし、金額も固定されるべきではないと思いますが、その都度、班長が集金するのは無理があるし、それを取りまとめる町内の会計担当者のことも考えると、現行の方法にならざるおえません。
私は、町内会で募金を徴収するのは止めて、個人で街頭募金に協力することにしたらどうかと思います。老後破産の問題や、それに伴うであろう生活保護世帯の増加が問題になっている世の中です。募金をお願いする側はどう考えているのでしょか。
ところで、会計をするために私が作った現金出納帳、預金出納帳、経費帳、会計報告書、名簿のテンプレートを公開します。いづれもエクセルのファイルですが、興味がある方は下記のリンクからダウンロードして使って下さい。
経費帳は真ん中の点線で切り離すと、A5サイズになるので、裏側に領収書を張り付けてファイルするといいです。各経費が会計報告書の支出の科目になるように設定すると分かりやすいと思います。
会計テンプレート

2015年3月30日 月曜日
小説、東京ブラックアウトの表紙
第18回統一地方選がスタートします。県内は4月3日告示、12日投票の県議選と、4月19日告示、26日投票という日程で、柏崎、長岡、小千谷、加茂、新発田の5市議選が実施されます。
県議選(定数53)には現職49人、新人24人の計73人が出馬を表明していますが、党派別では自民34人、民主7人、社民2人、共産5人、公明2人、無所属23人となっており、全27選挙区のうち、15選挙区で定数を超過するものの、残る12選挙区は困ったことに無投票の可能性が高まっているようです。
選挙において優先するイシューは個人で異なるのは当然ですが、柏崎刈羽原発6、7号機の再稼働問題は多くの人が高い関心を持っているはずです。
さて、今回ご紹介する小説「東京ブラックアウト」は、2013年12月にこのコーナーで紹介した現役キャリア官僚、若杉冽(わかすぎ れつ)さんの小説「原発ホワイトアウト」の続編ともいえる作品です。現在の社会状況や時間軸も含め、前作を凌ぐディテールと迫力で極めてリアリティのある「悪夢」が目の前に迫ってきて、読んでいて本当に恐ろしくなりました。
現在、柏崎刈羽原発から30キロ圏内(UPZ)にある自治体で避難計画の策定ができているのは柏崎市と刈羽村だけで、私の住む長岡市を含め、この地域に住む47万人の安全は確保されていません。このことからも官僚は地方を軽視し、政府は避難計画より再稼働を優先し、原発政策は福島第一原子力発電所の事故前に回帰しているように思えます。この事実と、フィクションだとする「東京ブラックアウト」の内容が一致するのが不気味です。
原発の安全神話が崩れた今、新潟県民が柏崎刈羽原発の再稼働を認めるなら、もしもの時には責任の一端を問われることになるのは当然で、誰も同情してはくれないでしょう。
選挙に出馬される方は、この問題をどう考えるのか、ぜひ有権者に分かりやすく伝えてほしいものです。

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