日常のささいなことを綴った不定期更新の日記です
2026年5月17日 日曜日

吉田光希(よしだ こうき)監督作品「廃用身」を観ました。原作は現役医師であり作家の久坂部羊(くさかべ よう)さんが2003年に発表した処女作品です。このコーナーでは過去に久坂部さんの作品は「嗤う名医」「怖い患者」を紹介していますが、医療介護現場の闇を鋭くえぐり、現実的な恐怖で読者を震撼させる書き手です。
2000年に介護の社会化を目指し導入された介護保険制度。26年が経過した現在、保険料は倍増、介護人材は深刻な人手不足に陥っています。厚労省の試算によれば2040年には272万人の介護人材が必要とされる一方、約57万人が不足すると見込まれています。本作はそんな近未来に起こるかも知れない物語。冷え冷えとした怖さに包まれるようでした。
主人公は、循環器の病気等による後遺症により麻痺がある人や、アルツハイマー病などにより認知症を発症した人を対象に、理学療法や作業療法も提供する高齢者デイサービス施設「異人坂クリニック」の施設長であり外科医でもある漆原。
漆原は、ある日、廃用身(麻痺した手足)の切断という治療法を思いつきます。スタッフと話し合いを重ね、利用者の同意を得て切断手術は行われました。手術後、その利用者を担当する家族、介護士の肉体的負担は軽減され、利用者は邪魔な部分がなくなり、心身ともに身軽になったと表情が明るくなり、その予想以上の効果に漆原は驚きます。
やがて廃用身の切断手術を、切断を意味する医学用語「amputation」の頭文字を取って「Aケア」と呼ぶようになり、10人を越す利用者が自ら希望してこの処置を受けます。失語症や認知機能の改善もみられ、家族やスタッフの介護負担が減ったと報告される高齢者たちを診察するたび、漆原は「Aケア」に介護の未来を感じるようになっていきました。
そして漆原は「Aケア」を世の中に認知してもらうため、一般書籍として出版することにします。ところが、それよりも先に内部告発を掲げた週刊誌によって、漆原の医療行為は高齢者の健康な手足を切る悪魔の所業などと書き立てられ、マスコミの耳目を集め、連日、妻と乳児の我が子が待つ自宅にまで記者が押しかけるようになり、漆原は追い詰められ姿を消します・・・。
主人公の漆原は、医療とは科学ではなく、すべての患者に満足を与えるサービスであるべきという独自の哲学に基づき、高齢者医療を治す「医療」ではなく、「サービス」という位置付けでとらえています。若い人と高齢者の検査値を同じ「正常値」で診ることに否定的で、自覚症状がなければ高齢者は検査も治療も必要なく、代わりに目指すのが、ADL(日常生活動作)の改善と、QOL(生活の質)というわけです。
しかし、こうしてたどりついたのが、脳血管障害の後遺症として麻痺や失語症、認知症などが残った高齢者に対して、麻痺した手足「廃用身」を切断することで、高齢者本人と介護者双方の負担を軽減するという治療法でした。
無論、現実にはそんな発想は倫理的にあり得ませんが、本作を観ていて恐ろしく感じるのは、そのあり得ないはずの治療法が、もしかしたら・・・と思えてくるところです。
本作で描かれる、寝返りを打てない患者の治らない褥瘡(じょくそう)、認知症高齢者の排泄介助、人材不足ゆえの過重労働とスタッフの離職、疲れ切った家族と、消耗の果ての虐待。高齢者の生活を支えることが、支える側の人生を破壊していく事実。
2022年公開の「PLAN75」でも思いましたが、人は誰でも高齢になれば他人の世話にならずにはいられません。どうすれば、世話をする側される側、どちらも穏やかにいられるのか。
本作のような作品を「鬼滅の刃」並にメディアは取り上げるべきだと思います。
2000年に介護の社会化を目指し導入された介護保険制度。26年が経過した現在、保険料は倍増、介護人材は深刻な人手不足に陥っています。厚労省の試算によれば2040年には272万人の介護人材が必要とされる一方、約57万人が不足すると見込まれています。本作はそんな近未来に起こるかも知れない物語。冷え冷えとした怖さに包まれるようでした。
主人公は、循環器の病気等による後遺症により麻痺がある人や、アルツハイマー病などにより認知症を発症した人を対象に、理学療法や作業療法も提供する高齢者デイサービス施設「異人坂クリニック」の施設長であり外科医でもある漆原。
漆原は、ある日、廃用身(麻痺した手足)の切断という治療法を思いつきます。スタッフと話し合いを重ね、利用者の同意を得て切断手術は行われました。手術後、その利用者を担当する家族、介護士の肉体的負担は軽減され、利用者は邪魔な部分がなくなり、心身ともに身軽になったと表情が明るくなり、その予想以上の効果に漆原は驚きます。
やがて廃用身の切断手術を、切断を意味する医学用語「amputation」の頭文字を取って「Aケア」と呼ぶようになり、10人を越す利用者が自ら希望してこの処置を受けます。失語症や認知機能の改善もみられ、家族やスタッフの介護負担が減ったと報告される高齢者たちを診察するたび、漆原は「Aケア」に介護の未来を感じるようになっていきました。
そして漆原は「Aケア」を世の中に認知してもらうため、一般書籍として出版することにします。ところが、それよりも先に内部告発を掲げた週刊誌によって、漆原の医療行為は高齢者の健康な手足を切る悪魔の所業などと書き立てられ、マスコミの耳目を集め、連日、妻と乳児の我が子が待つ自宅にまで記者が押しかけるようになり、漆原は追い詰められ姿を消します・・・。
主人公の漆原は、医療とは科学ではなく、すべての患者に満足を与えるサービスであるべきという独自の哲学に基づき、高齢者医療を治す「医療」ではなく、「サービス」という位置付けでとらえています。若い人と高齢者の検査値を同じ「正常値」で診ることに否定的で、自覚症状がなければ高齢者は検査も治療も必要なく、代わりに目指すのが、ADL(日常生活動作)の改善と、QOL(生活の質)というわけです。
しかし、こうしてたどりついたのが、脳血管障害の後遺症として麻痺や失語症、認知症などが残った高齢者に対して、麻痺した手足「廃用身」を切断することで、高齢者本人と介護者双方の負担を軽減するという治療法でした。
無論、現実にはそんな発想は倫理的にあり得ませんが、本作を観ていて恐ろしく感じるのは、そのあり得ないはずの治療法が、もしかしたら・・・と思えてくるところです。
本作で描かれる、寝返りを打てない患者の治らない褥瘡(じょくそう)、認知症高齢者の排泄介助、人材不足ゆえの過重労働とスタッフの離職、疲れ切った家族と、消耗の果ての虐待。高齢者の生活を支えることが、支える側の人生を破壊していく事実。
2022年公開の「PLAN75」でも思いましたが、人は誰でも高齢になれば他人の世話にならずにはいられません。どうすれば、世話をする側される側、どちらも穏やかにいられるのか。
本作のような作品を「鬼滅の刃」並にメディアは取り上げるべきだと思います。
2026年4月26日 日曜日

新潟日報メディアシップで開催されている「ゴジラ博 in 新潟」に行ってきました。
1954年に初めて姿を現して以来、日本のみならず世界中を魅了し、衝撃を与え続けている怪獣王「ゴジラ」。邦画最新作「ゴジラ-1.0」は国内だけでなくアメリカでも大ヒットとなり、第96回アカデミー賞ではアジア映画史上初の視覚効果賞を受賞したのは記憶に新しいところです。
今回のゴジラ博覧会は、2024年11月に生誕70周年を迎えたゴジラの足跡をたどるイベントで、撮影に使われたゴジラやその他の怪獣たちの着ぐるみや小道具、建造物のミニチュア、ポスターなどが展示されていました。
時代を追いながら歴代のゴジラが展示されていましたが、1954年に誕生したゴジラは「人類が生み出した核の恐怖」を体現する存在であり、放射能汚染の象徴、人類の敵として描かれていました。それが、いつしか人間の味方として描かれるようになってきます。それは、日本に原子力発電所が増えることに呼応するかのように思えました。ゴジラは、日本が原子力という強力かつ非常に危険なエネルギーとどう向き合ってきたか(または目を背けてきたか)を示す、時代ごとの鏡のような存在とも言えるのではないでしょうか。
第1作のアメリカ公開に当たって、再撮影までして反核を思わせる部分を消した経緯はあまりにも有名なエピソードです。ゴジラの生みの親ともいえる、故本多猪四郎監督は終戦後の復員途中に広島を通り、惨状を目にしたことが礎になったと生前語っていますが、初代ゴジラのメッセージをもう一度考えてみるべき時ではないでしょうか。
1954年に初めて姿を現して以来、日本のみならず世界中を魅了し、衝撃を与え続けている怪獣王「ゴジラ」。邦画最新作「ゴジラ-1.0」は国内だけでなくアメリカでも大ヒットとなり、第96回アカデミー賞ではアジア映画史上初の視覚効果賞を受賞したのは記憶に新しいところです。
今回のゴジラ博覧会は、2024年11月に生誕70周年を迎えたゴジラの足跡をたどるイベントで、撮影に使われたゴジラやその他の怪獣たちの着ぐるみや小道具、建造物のミニチュア、ポスターなどが展示されていました。
時代を追いながら歴代のゴジラが展示されていましたが、1954年に誕生したゴジラは「人類が生み出した核の恐怖」を体現する存在であり、放射能汚染の象徴、人類の敵として描かれていました。それが、いつしか人間の味方として描かれるようになってきます。それは、日本に原子力発電所が増えることに呼応するかのように思えました。ゴジラは、日本が原子力という強力かつ非常に危険なエネルギーとどう向き合ってきたか(または目を背けてきたか)を示す、時代ごとの鏡のような存在とも言えるのではないでしょうか。
第1作のアメリカ公開に当たって、再撮影までして反核を思わせる部分を消した経緯はあまりにも有名なエピソードです。ゴジラの生みの親ともいえる、故本多猪四郎監督は終戦後の復員途中に広島を通り、惨状を目にしたことが礎になったと生前語っていますが、初代ゴジラのメッセージをもう一度考えてみるべき時ではないでしょうか。
2026年4月26日 日曜日

長岡駅ビルCocoLoの2階にある「ほんしゅ館」という酒屋さん。新潟県内全蔵の日本酒や名産品が揃うお土産、利き酒スポットとして人気のお店です。
さて、何気にお店のわきを通ると写真のマネキン?を発見。スーツ姿のオジサンが商品棚によりかかっている姿。どう見ても飲みすぎて吐きそうになっている姿にしか見えませんが、これをディスプレイする意味がわかりません(笑)
さて、何気にお店のわきを通ると写真のマネキン?を発見。スーツ姿のオジサンが商品棚によりかかっている姿。どう見ても飲みすぎて吐きそうになっている姿にしか見えませんが、これをディスプレイする意味がわかりません(笑)
2026年4月19日 日曜日

石井裕也監督作品「人はなぜラブレターを書くのか」を観ました。本作は2000年3月に発生した営団日比谷線中目黒駅構内列車脱線衝突事故にまつわる実話をもとに脚本が書かれた、映画オリジナル作品です。
人はなぜラブレターを書くのか。人がSNSでつながる今、この問いは通用しないかも知れません。しかし、それでもラブレターという言葉でしか言い表せない何かは確実にあって、この映画はそんな「何か」をていねいに描いています。
涙があふれて、余韻がいつまでも残る良作でした。
主人公は寺田ナズナ。会社員の夫、良一、中学生の娘、舞と横浜の郊外で3人暮らし。ナズナは畑でとれた自前の野菜を使い食堂を切り盛りしています。
ある日、ナズナは、ある青年に届くあてのない手紙を書き始めます。24年前、17才の彼女は、毎朝8時17分発の電車で見かける麻布高校に通う富久信介に密かな想いを抱いていました。
東京大学進学と同時にプロボクサーを目指す信介は、学校帰りにボクシングの練習に打ち込んでいましたが、そんな彼に運命の日2000年3月8日が訪れます。通学電車の中でだけ顔を合わせる、言葉を交わしたこともない二人。ナズナは彼に渡そうと手紙を書いて持ち歩くのですが、そのタイミングをつかめないまま、淡く儚い関係は突然終わりを迎え、信介の死亡を伝えるニュースで名前を知ったナズナでした。
2024年、ナズナから奇跡的に届いた手紙を読んだ信介の父、隆治は、手紙の中に亡くなった息子の生きた証を感じ、彼の青春の日々を知ります。ほどなく隆治はナズナに返事を書きますが、24年前の真実とナズナが手紙を書いた理由が明らかになっていきます・・・。
ともすれば悲劇を軸とした物語になりそうな出来事を、本作は、日々続いていく生活と、そのなかで育まれ、受け渡されていく想いについての映画として描いています。
どの人物もそれぞれのやりかたで愛を表現しており、そのほとんどが声高に叫ばれたり過剰に説明されたりするのではなく、その人なりの生き方としてにじみでてくるような感じです。
ちっぽけな私の日々は、誰かのためになっているのかも知れないし、そんな私の人生も誰かに向けた言葉となるのかも知れません。だとしたら、ラブレターを書くとは、それこそが生きる意味だからといえるのではないか。そう思います。
人はなぜラブレターを書くのか。人がSNSでつながる今、この問いは通用しないかも知れません。しかし、それでもラブレターという言葉でしか言い表せない何かは確実にあって、この映画はそんな「何か」をていねいに描いています。
涙があふれて、余韻がいつまでも残る良作でした。
主人公は寺田ナズナ。会社員の夫、良一、中学生の娘、舞と横浜の郊外で3人暮らし。ナズナは畑でとれた自前の野菜を使い食堂を切り盛りしています。
ある日、ナズナは、ある青年に届くあてのない手紙を書き始めます。24年前、17才の彼女は、毎朝8時17分発の電車で見かける麻布高校に通う富久信介に密かな想いを抱いていました。
東京大学進学と同時にプロボクサーを目指す信介は、学校帰りにボクシングの練習に打ち込んでいましたが、そんな彼に運命の日2000年3月8日が訪れます。通学電車の中でだけ顔を合わせる、言葉を交わしたこともない二人。ナズナは彼に渡そうと手紙を書いて持ち歩くのですが、そのタイミングをつかめないまま、淡く儚い関係は突然終わりを迎え、信介の死亡を伝えるニュースで名前を知ったナズナでした。
2024年、ナズナから奇跡的に届いた手紙を読んだ信介の父、隆治は、手紙の中に亡くなった息子の生きた証を感じ、彼の青春の日々を知ります。ほどなく隆治はナズナに返事を書きますが、24年前の真実とナズナが手紙を書いた理由が明らかになっていきます・・・。
ともすれば悲劇を軸とした物語になりそうな出来事を、本作は、日々続いていく生活と、そのなかで育まれ、受け渡されていく想いについての映画として描いています。
どの人物もそれぞれのやりかたで愛を表現しており、そのほとんどが声高に叫ばれたり過剰に説明されたりするのではなく、その人なりの生き方としてにじみでてくるような感じです。
ちっぽけな私の日々は、誰かのためになっているのかも知れないし、そんな私の人生も誰かに向けた言葉となるのかも知れません。だとしたら、ラブレターを書くとは、それこそが生きる意味だからといえるのではないか。そう思います。
2026年4月15日 水曜日

知念実希人さんの長編小説「ヨモツイクサ」を読みました。
北海道の深い森を舞台に、民俗学的な恐怖と生物学的な恐怖が融合したような物語で、ジャンルとしてはホラーになるのでしょうが、謎解きも楽しめるスケールの大きな極上のエンタメ作品でした。
物語の舞台は北海道旭川市近郊の小さな町。そこにはアイヌの人々が古くから「黄泉(よみ)の森」と呼び、決して立ち入ってはならないと恐れられてきた禁忌の地がありました。
主人公で外科医の佐原茜は、7年前、その森に隣接して酪農を営む実家から家族全員(両親、祖母、警官で妊娠中の姉)が忽然と姿を消すという「一家神隠し事件」で唯一生き残った過去がありました。茜は今も姉の婚約者だった刑事の小此木と共に、家族の行方を捜し続けていました。
ある日、大手ホテル会社がこの森のリゾート開発を強行しますが、作業員6人が忽然と姿を消す事件が発生します。現場には「何か」に襲われた凄惨な痕跡が残されていました。警察はヒグマによる獣害と断定し、熊撃ち専門の猟師である鍛冶らを中心とした駆除隊を組織します。
鍛冶と茜は狩猟仲間で、恋心はないけれども体の相性がいいという理由から、セックスフレンドになっていた時期が過去にありました。茜は体力と銃の扱い、射撃には自信があり、鍛冶は危険過ぎると反対しましたが、家族の失踪の真相を突き止めるため、その危険な駆除隊に加わります。しかし、彼らが森の奥で目にしたのは、通常のヒグマを遥かに超える大きさと攻撃性を持った「何か」でした。
アイヌの伝承にある「ヨモツイクサ(黄泉の軍勢)」とは一体何なのか。茜は家族の失踪に隠された戦慄の真実と、生物学の常識を覆す、おぞましいモノが待つ黄泉の森の深淵へと足を踏み入れていきます・・・。
「神隠し」という日本的な怪談と、ハリウッド映画のようなパニックホラーが見事に融合し、そこに謎解きを加えた物語の面白さ、展開の良さとスピード感は秀逸だと思います。さらに現役の内科医師である著者ならではの医学的、生物学的知見が随所に盛り込まれており、登場する生物の生理や描写にはリアリティがあって、一気読み必至のエンタメ作品です。ただ、容赦のない凄惨な捕食描写や肉体損壊のシーンが多く、グロテスクな描写が苦手な方にはダメかも知れません。
北海道の深い森を舞台に、民俗学的な恐怖と生物学的な恐怖が融合したような物語で、ジャンルとしてはホラーになるのでしょうが、謎解きも楽しめるスケールの大きな極上のエンタメ作品でした。
物語の舞台は北海道旭川市近郊の小さな町。そこにはアイヌの人々が古くから「黄泉(よみ)の森」と呼び、決して立ち入ってはならないと恐れられてきた禁忌の地がありました。
主人公で外科医の佐原茜は、7年前、その森に隣接して酪農を営む実家から家族全員(両親、祖母、警官で妊娠中の姉)が忽然と姿を消すという「一家神隠し事件」で唯一生き残った過去がありました。茜は今も姉の婚約者だった刑事の小此木と共に、家族の行方を捜し続けていました。
ある日、大手ホテル会社がこの森のリゾート開発を強行しますが、作業員6人が忽然と姿を消す事件が発生します。現場には「何か」に襲われた凄惨な痕跡が残されていました。警察はヒグマによる獣害と断定し、熊撃ち専門の猟師である鍛冶らを中心とした駆除隊を組織します。
鍛冶と茜は狩猟仲間で、恋心はないけれども体の相性がいいという理由から、セックスフレンドになっていた時期が過去にありました。茜は体力と銃の扱い、射撃には自信があり、鍛冶は危険過ぎると反対しましたが、家族の失踪の真相を突き止めるため、その危険な駆除隊に加わります。しかし、彼らが森の奥で目にしたのは、通常のヒグマを遥かに超える大きさと攻撃性を持った「何か」でした。
アイヌの伝承にある「ヨモツイクサ(黄泉の軍勢)」とは一体何なのか。茜は家族の失踪に隠された戦慄の真実と、生物学の常識を覆す、おぞましいモノが待つ黄泉の森の深淵へと足を踏み入れていきます・・・。
「神隠し」という日本的な怪談と、ハリウッド映画のようなパニックホラーが見事に融合し、そこに謎解きを加えた物語の面白さ、展開の良さとスピード感は秀逸だと思います。さらに現役の内科医師である著者ならではの医学的、生物学的知見が随所に盛り込まれており、登場する生物の生理や描写にはリアリティがあって、一気読み必至のエンタメ作品です。ただ、容赦のない凄惨な捕食描写や肉体損壊のシーンが多く、グロテスクな描写が苦手な方にはダメかも知れません。
2026年4月5日 日曜日

10年以上使ったケータイの液晶画面がとうとう壊れてしまい、初めてスマホを購入しました。
キャリアもauから楽天モバイルに替えたのですが、いろいろ割引があり、スマホ本体価格が1円(新品)。月々の利用料は、電話での通話は無料、データ使用量3GBまで980円、65才以降は780円といういうプランで契約しました。
購入したスマホはFCNTというメーカーのarrowsという機種です。FCNTは富士通の携帯電話事業を継承したものの2023年に経営破綻し、現在は中国企業のLenovoグループに吸収され事業展開している会社です。
arrowsはローエンドモデルですが、触ってみた感触はレスポンスは悪くなく、バッテリーも2日くらいはもつし、iPhone同等のユーザー補助機能もあるし、3Dゲームとかしない中高年には十分な性能だと思います。
実は、この機種には面白い機能があって、背面にある脈波センサーに指先を当てることで「自律神経パワー」を測定します。独自のアルゴリズムで血流データを解析し、自律神経の働きや状態をグラフ化し、数値とグラフで示してくれます。
説明通りに身長や体重、年齢を設定し、3回続けて測定してみましたが、3回とも評価は20才以下で、自律神経の機能に問題はないという結果でした。これが精神年齢の測定なら正しい結果だと思うのですが、自律神経ですからね(笑)
キャリアもauから楽天モバイルに替えたのですが、いろいろ割引があり、スマホ本体価格が1円(新品)。月々の利用料は、電話での通話は無料、データ使用量3GBまで980円、65才以降は780円といういうプランで契約しました。
購入したスマホはFCNTというメーカーのarrowsという機種です。FCNTは富士通の携帯電話事業を継承したものの2023年に経営破綻し、現在は中国企業のLenovoグループに吸収され事業展開している会社です。
arrowsはローエンドモデルですが、触ってみた感触はレスポンスは悪くなく、バッテリーも2日くらいはもつし、iPhone同等のユーザー補助機能もあるし、3Dゲームとかしない中高年には十分な性能だと思います。
実は、この機種には面白い機能があって、背面にある脈波センサーに指先を当てることで「自律神経パワー」を測定します。独自のアルゴリズムで血流データを解析し、自律神経の働きや状態をグラフ化し、数値とグラフで示してくれます。
説明通りに身長や体重、年齢を設定し、3回続けて測定してみましたが、3回とも評価は20才以下で、自律神経の機能に問題はないという結果でした。これが精神年齢の測定なら正しい結果だと思うのですが、自律神経ですからね(笑)
