日常のささいなことを綴った不定期更新の日記です
2024年3月24日 日曜日
映画「四月になれば彼女は」のポスター
山田智和監督作品「四月になれば彼女は」を観ました。原作は川村元気さんの同名小説です。
人は人を愛し続けられるのか?愛は情に変わってしまうのか?二人でいるのに何故、孤独なのか?なのに、どうしようもなく会いたくて仕方なかった刹那の記憶は永遠に残るのか?これらは人生経験を積む中で、誰もが感じることではないでしょうか。本作は、主人公の現在と過去の恋を交錯させながら愛の本質を探る、ミステリー仕立ての純愛映画です。

主人公の藤代は母校の病院に勤務する精神科医で、動物園に勤務する獣医師の弥生と婚約しており、挙式の準備を進めていました。
そんなある日、10年前、医学部の後輩で写真サークルで一緒だった春からエアメールが届きます。当時、藤代は春と恋人関係でした。藤代はこのことを隠さず弥生に話し、弥生は同封されていた、春が撮影したボリビアの美しい塩湖の写真を楽しげに眺めるのでした。
手紙には、10年前の藤代との出会いの日々が綴られており、春にとってそれは懐かしい初恋の記憶でした。春からのエアメールは、その後もチェコのプラハや北大西洋に浮かぶ火山の島アイスランドからも届きました。どうやら春は、かつて藤代と旅する約束をしていて叶わなかった場所をめぐっているようでした。
一方、弥生の誕生日の4月1日。藤代は弥生の好きなワインを開けますが、弥生がワイングラスを割ってしまいます。それはまるで2人の関係に亀裂が生じていることを暗示しているようでした。同棲しているとはいえ寝室は別々にしていた2人。次の朝、藤代が弥生の部屋を覗くと、彼女はいなくなっていました。「愛を終わらせない方法、それは何でしょう」という言葉を残して・・・。

10年前、恋人同士であった藤代と春にどんな別れがあったのか?時を経てどうして春は藤代に手紙を送ってきたのか?そして、結婚を前にしてなぜ弥生は藤代の前から姿を消したのか?それらの「謎」は、愛するとはどんなことなのか、人と人の絆とは如何なるものなのか、深く考えさせられるドラマへとつながっていき、深い余韻となって心に残る作品でした。

「四月になれば彼女は」というタイトルから、名作「卒業」を連想した方もいると思います。「卒業」といえば「ミセスロビンソン」「スカボローフェア」「サウンド オブ サイレンス」そして「四月になれば彼女は」。言わずと知れたサイモン&ガーファンクルの名曲です。イントロのギターを聴くだけで「エレーン!」と叫ぶダスティンホフマンが浮かんできます。
本作と「卒業」の共通点は、楽曲と、主人公が「愛」について真剣に悩むところです。本作は若い人におすすめです。映画館を出たら、弥生の「愛を終わらせない方法、それは何でしょう」の答えを、パートナーと語らうのもいいでしょう。あっ、シニアが語らうのも勿論いいと思います(笑)。

2024年3月10日 日曜日
映画「マッチング」のポスター
内田英治監督作品「マッチング」を観ました。原作、脚本ともに内田監督による映画オリジナルストーリーです。
本作はマッチングアプリによる出会いから始まる恐怖を描いたサイコサスペンスで、二転三転するストーリー展開の先に待つラストシーンは、おぞましく、ゾッとしました。このジャンルの作品としては秀逸です。

主人公の輪花(りんか)は、幼いころに母親が失踪して以来、父親と二人暮らし。結婚式場に勤めるウェディングプランナーでありながら、自身の恋愛には一歩を踏み出せないでいました。
同僚の勧めでマッチングアプリに渋々登録し、マッチングが成立した相手、吐夢(とむ)と会うことになります。ところが待ち合わせの水族館に現れたのはプロフィールからは想像できないほど暗く陰気な男でした。輪花はもう会いたくないと吐夢のメッセージを無視していましたが、それでも執拗に鳴る着信音。そんなある日、自宅の庭で洗濯物を干していると、道の向こうから、こちらを見つめる吐夢の姿に気づき、息をのみます。(なんで!住所は知らないはずなのに?)
同じ頃、アプリ婚をしたカップルが惨殺される事件が立て続けに起こります。しかも、そのすべてが輪花がプランナーとして関わった人達でした。そして捜査線上に浮上した吐夢。輪花はマッチングアプリ運営会社の影山に助けを求めますが、事件は意外な方向から別の展開を見せ輪花にも危険が迫ります。一連の事件の裏に隠された驚愕の真相とは何なのか・・・?

近年、年代に関係なく恋人探しや婚活、パパ活、ママ活などのツールとして使用されている「マッチングアプリ」。スマホでお手軽な出会いができることから、SNSと並んで人気のアプリになっていますが、ユーザー間のトラブルも増えているようです。
もし、プロフィールがウソだったら?マッチングしたのが危険な人物だったら?美人局だったら?気軽な出会いの裏には、さまざまな悪意が潜んでいるかも知れません。

マッチングアプリといえば、2018年に某自治体の首長であったYさんが「ハッピーメール」というアプリを使い複数人の女子大生と不適切な関係を持った事実を報道され、辞職に追い込まれた事件がありました。以来、彼はネット上ではハッピー〇〇さんと呼ばれています。 マッチングアプリでロマンスを得るには、大きなリスクも伴うようです。

2024年3月9日 土曜日
ソフトウェア「完全抹消」のパッケージ
当院でも2024年4月1日より、マイナンバーカードに紐づけされた保険証、いわゆるマイナ保険証で資格確認ができるようになります。
今、そのための準備を進めているところです。Windows7時代に購入してWindows10にアップグレードして使っていた受付のPCを新品に入れ替えて(DELLのデスクトップにしました)ベンダーに保険診療、労災、自賠責ソフトウェアの再インストールを依頼し、リモートで完了。今までは無線ルーターを経由して使っていましたが、厚労省のホストと頻繁に通信することを考えると、トラブルがあった時に問題の切り分けが簡単にできるように、直接モデムにつなぎました。あとはネット上での行政手続きとカードリーダーなどの周辺機器のセットアップをすれば完了なのですが、厚労省から確認書類が届かないため作業を一時中断しています。
当然、古いPCは廃棄するわけですが、今回は自治体の指定業者になっているリネットジャパンに依頼しました。佐川急便が引き取りに来て、ダンボール1箱目は無料、2箱目は1,978円でした。ただ、PCのデータは自身で廃棄処理しておく必要があり、今回は「完全抹消」というソフトを使いました。
BIOSをオプティカルドライブからブートできるように設定する必要がありましたが(USBブートも可能)、製品CDを入れてリブートすると処理メニューが表示され、アメリカ国防総省準拠を選択し、待つこと約2時間。どんな方法を用いても復元は不可能というレベルで処理は完了しました。

2014年に政治資金規正法違反で家宅捜索された、群馬選出の女性衆議院議員がいますが、証拠隠滅のため事務所のPCのハードディスクをドリルで壊したことから、「ドリル姫」と揶揄されています。
彼女は次期総理の候補に名前が挙がっているようですが、今度マズイことがあった時には、ドリルなんか使わずに「完全抹消」を使うといいと教えてあげたいです。(笑)

2024年2月29日 木曜日
小説「列」の表紙
中村文則さんの小説「列」を読みました。
本作は「教団X」のようなストーリー性がなく、現代社会における競争や比較社会と、そこに潜む不条理を寓話的に描いた作品で、なんとなく安倍公房の世界観と少し似ていると感じました。
最近はネットでの政治的な発言が話題になる事も多い中村さんですが、現代社会の生きづらさを、研ぎ澄まされた言葉で鋭く表現した、とても内容の濃い157ページでした。

第1部 「私」は気付いた時から列に並んでいて、列の意味、なぜ列に並んでいて、自分が何者なのかの記憶をなくしていました。ただ、他者より一歩でも先に進みたい、この列から離れて逸脱したくない。様々なトラブルに見舞われながら列に並び続けることに固執する「私」
第2部 ニホンザルの生態を研究している大学の非常勤講師の草間は、大学院生の石井と一緒にサルの群れを観測し続けていました。非常勤講師という不安定かつ低収入の彼は、革新的な論文を発表するという野心がありました。
第3部 草間の回想が列へとつながり、この世界の真理の一端が見えてきます。

人間の暗部に照準を定めた本作は、偏差値、容姿、経済力、身体能力、年齢、社会的地位など、私たちは否応なしにそれらの「列」に並び、相対的な幸福感の中で苦しみ、そこから離れることは容易ではないこと。さらに問題なのは、他者よりわずかでも前に行きたいという欲求が、時に倫理に欠けた愚かな行動をさせてしまう人間の愚かさは、実は知性から発生しているということを語っています。
作家の橘玲さんが指摘するように、誰もがなりたい自分になれる、リベラル化が進んだ現代は、能力値によるヒエラルキーが生まれ、人々は「いいね」がたくさん付いた誰かのリア充なSNSを眺めては、妬み嫉み、あるいはあきらめに苛まれているように思えます。
どうしたら幸せになれるのか?その答えがヴィムヴェンダース監督作品「PERFECT DAYS」にあるのではないか。そう、思いました。

2024年2月18日 日曜日
映画「夜明けのすべて」」のポスター
三宅唱監督作品「夜明けのすべて」を観ました。
原作は瀬尾まいこさんの同名小説で、2024年第74回ベルリン国際映画祭出品作品です。
生理がある女性の3人に1人がPMS(月経前症候群)を、性別や年齢を問わず100人に1人がパニック障害を発症しているというデータがありますが、それほど身近な病気なのに、まだ社会の理解は追いついていません。本作は、そんなPMSの女性とパニック障害の男性を主人公に、現代社会の「生きづらさ」を問う作品です。瀬尾さんの小説が原作の映画作品は2021年公開の前田哲監督作品「そして、バトンは渡された」を観ていますが、どちらの作品にも共通しているのは、とても安らかな気持ちになれるということです。

主人公の藤沢さんは、月に一度やってくるPMS(月経前症候群)に悩まされながらも、小さな町工場「栗田金属」で事務員兼工員として働いています。症状は生理の日やその2〜3日前から感情の起伏が激しくなり、イライラや怒りが抑えられずに酷く攻撃的になってしまいます。大学卒業後に就職した会社は、PMSが原因で人間関係に支障をきたし、退職してしまったほどでした。
栗田金属の仕事内容は単調でしたが、社長や同僚の理解もあり居心地は良好でした。周囲の人々に支えられながら働いてきた藤沢さんでしたが、ほんの些細なことで転職してきたばかりの山添君にイライラをぶつけてしまいます。
そんなある日、山添君が会社で発作を起こし倒れそうになり、藤沢さんは掃除のときに偶然拾った薬を彼に手渡します。その薬は過去に自分も処方されたことがあり、心療内科の治療でも使われることを知っていた藤沢さんは山添君の発作を見て、すぐに彼のものだとわかったのでした。山添君もまた、パニック障害を患い会社を辞職していたのです。
今まで普通に出来ていたことが、出来なくなる辛さ、悲しみ、絶望・・・。同じような境遇でいつ治るとも分からない病気を抱える藤沢さんと山添君。お互いに友情や恋愛感情は持ってはいないけれども、助け合えることは出来るのではないか?干渉されたくないと思っていた二人は、周囲に理解されがたい病気を通して歩み寄っていきます・・・。

本作は特定の病気の解説ではなく、自分ではコントロールのできない理不尽な原因によって、思うように働けなくなってしまったことこそが苦しい、そういう人たちの物語です。
医療や福祉で解決が困難なレベルの不条理に直面しながらも、人が共に過ごす時の歓びや愉しみが、おだやかに表現されていました。
なかなか理解されない「生きづらさ」を抱える私たちに寄り添い、それでも人と人は救い合えるという希望を感じさせてくれる作品です。

本作は視覚障害者のための音声ガイドが利用できます。
音声ガイドは「UDCastMOVIE」アプリに対応しており、アプリをインストールしたスマートフォン等の携帯端末に、作品のデータをダウンロードして、イヤホンを接続して映画館に持参すれば、全ての上映劇場、上映回で利用できます。

2024年2月14日 水曜日
「抗がん剤は危ないって本当ですか?」」の表紙
2021年に80才で亡くなられた知の巨人、立花隆さん。69才で膀胱がんを患われましたが、ご自身の病さえ取材対象にして、2009年にNHKスペシャル「立花隆 思索ドキュメント がん 生と死の謎に挑む」という番組と書籍を上梓されました。
医師がCT画像を見ながら「多発性の膀胱がんですね。これは切除しても再発必至ですね」と告知する場面まで収録されていたことにはジャーナリスト魂を感じましたが、それ以上に印象に残ったのは腫瘍内科医が集まる「がん治療学会」での招待講演で、抗がん剤の延命効果と有効性を伝える講演が続く中、「私は全然頑張るつもりがないがん患者です。QOLを下げてまで数ヶ月の寿命を延ばしたくはない」と、遠慮のない覚悟を語られたことです。この言葉の背景には、国際的ながん学会の取材で、がんの根治は非常に困難であることを認識したこと、20年来の友人であった物理学者の戸塚洋二さん、ジャーナリストの筑紫哲也さんが、本稿の取材中に抗がん剤(分子標的薬も含む)の強い副作用に苦しみながら最後の時を迎えたこと、当時、乳がんの乳房温存療法を確立し、抗がん剤を否定する立場をとっていた慶応大学医学部教授、近藤誠さんとの対談で、抗がん剤に対する懐疑的な思いが強くなったことなど、複数の要因があったのではないかと推測します。
立花隆さん、近藤誠さんなど、非常に知的レベルが高いと評価される人が発信する情報は世の中に与える影響も大きく、抗がん剤に対するネガティブな評価を助長し、抗がん剤論争の引き金となったことは間違いないでしょう。
あれから15年。「抗がん剤は危ない」というイメージは払拭されたでしょうか。がんに限らず生命にかかわるような病気の場合は、生存期間と同じくらい患者の心理的満足度は重要で、そのためには医療全体としてパフォーマンスを上げるにはどうすればいいかを考えるべきで、抗がん剤(化学療法)はその問題の一部であるという考え方に変わってきているようです。

今回紹介する「抗がん剤は危ないって本当ですか?」は、これまでに何回か紹介している腫瘍内科医の押川勝太郎さんの著書で、押川さんが運営しているサイト「がん治療の虚実」で配信された記事や動画を基に、がんになってから慌てて学ぶのではなく、日頃から正しい知識を身につけておく、がんに備える「がん防災」という考え方で、病気との向き合い方、学び方、医師との付き合い方、治療、お金、食事、患者会、運動、家族、周囲の人間の心得についてなど、様々な角度から患者と医師を含む周囲の人々が抱える問題について、押川さんが第一線の臨床医という立場でアドバイスする内容です。
本書は実際の患者さんの症例(物語)をプロのマンガ家さんが描いて、その後にポイントとなる押川さんのコメントが付くとうスタイルになっており、患者さんの物語がベースにあるので、とっつきやすく読みやすいです。

物語の主人公「ななさん」は健康オタクの30代女性で、妊活中に乳がんが発見されます。抗がん剤だけはやりたくないと「がん放置療法」「食事療法」などの本をあさり始めます。夫の真人さんが押川さんのサイトで公開されている動画をすすめると、画面から押川さんがニョキニョキ飛び出してきて、ななさんへ大切なメッセージを伝えます。
全20話のマンガが進むにつれ、ななさんの生活の中に押川さんの思いが少しずつ浸透していき、周囲の人達にも影響を与えて行く様子が愉快に表現されています。

第1話 「抗がん剤は危ないって本当ですか?」
第2話 「標準治療は”並”の治療って本当ですか?」
第3話 「緩和ケアって最後の医療って本当ですか?」
第4話 「がん治療は初めが肝心って本当ですか?」
第5話 「お医者さんは言わなければわかってくれないって本当ですか?」
第6話 「がんの闘病ブログや動画を見るには注意が必要って本当ですか?」
第7話 「がん患者会の参加者は詐欺治療に引っ掛かりにくいって本当ですか?」
第8話 「周りの安易な善意が患者を苦しめるって本当ですか?」
第9話 「乳がんになったら妊娠できないって本当ですか?」
第10話 「ステージ4のがんはお先真っ暗って本当ですか?」
第11話 「がんに食事制限は必要ないって本当ですか?」
第12話 「がん治療、お金がかかるって本当ですか?」
第13話 「手術するとがんは飛び散るって本当ですか?」
第14話 「がん患者の家族は頑張りすぎてはいけないって本当ですか?」
第15話 「がん患者は治療に専念してはいけないって本当ですか?」
第16話 「先進医療は実験医療って本当ですか?」
第17話 「抗がん剤の副作用ケモブレインってなんですか?」
第18話 「超高齢者のがん治療は延命を目指してはいけないって本当ですか?」
第19話 「がん治療には運動が超重要って本当ですか?」
最終話 「がんの防災が大事!って本当ですか?」

2023年12月に作家の佐藤優さんと、医師の片岡浩史さんの対談本「教養としての病」を取り上げましたが、患者サイドの医療リテラシーの重要性という点では、「がん防災イコール教養としての病」であると思いました。

本書の冒頭部分を公開しているサイト
光文社新書

2024年1月28日 日曜日
映画「PERFECTDAYS」のポスター
ヴィムヴェンダース監督作品「PERFECT DAYS」を観ました。本作は東京都渋谷区内の17カ所に設置された公共トイレを、世界的な建築家やクリエイターが改修する「THE TOKYO TOILETプロジェクト」に賛同したドイツ人の巨匠ヴェンダース監督が、同プロジェクトで改修された公共トイレを舞台に描いた作品で、主演の役所広司さんは2023年度、第76回カンヌ国際映画祭で主演男優賞を受賞しています。
本作を観てエピクテトスなどストア派の哲学者を連想された方も多いと思いますが、私は老子、禅といった東洋思想を感じました。どちらも、人の幸せとは何かという部分では似ていますが、ヴェンダース監督はヨーロッパの人なので、やはりストア哲学が根底にあるのかも知れません。

主人公の平山は50代半ばくらいの男で、スカイツリーが見える築40年以上は経つと思われるフロなし木造アパートに独りで暮らしています。部屋にあるものは、布団が一組、小さなタンス、本棚、カセットテープが詰まった背の低いサイドボードとラジカセ(たぶんSONYの製品)、窓際に植物の小さな鉢が数個、それに電気スタンドとゴミ箱。
彼の仕事は渋谷区に点在する公共トイレの清掃員。朝、近所の女性がアパートわきの道を掃く竹ぼうきの音で目覚め、布団をたたみ、支度をととのえ、鉢植えに霧吹きで水やりをします。

そして、彼はアパートのドアを開け、朝日を見上げて微笑みます。

アパート前にある自動販売機で缶コーヒーを買い、仕事道具を積んだ古い軽自動車に乗り込み、大きく一口飲むとエンジンをかけ仕事に出かけます。首都高にのるとカセットテープで70年代のジャズを流します。
仕事場では若い同僚があきれるほど、便器の裏まで鏡で確認しながら拭くというより磨くという感じで、黙々と清掃をします。
昼食は神社の境内でベンチに腰かけ、サンドイッチと牛乳を飲み、胸ポケットから古めかしいフィルムカメラ(昭和の言葉でいえばバカチョンカメラ)を取り出します。

そして、彼は木漏れ日を見上げて微笑み、シャッターを切ります。

早めに仕事を終えるとアパートに帰り、自転車で近所の銭湯に向かいます。一番湯を使った後、大衆酒場で軽い晩酌と食事をし、夜は電気スタンドの灯で本を読みながら眠りにつきます。(幸田文の「木」などが彼のお気に入りのようでした)
平山の日常はこの繰り返し。まるで、世界が違うような、この暮らしを守っているかのようですが、ある日、思いがけない再会を果たしたことをきっかけに、彼の過去に少しずつ光が当たっていきます。

当たり前ですが、同じように思える日常でも、同じ一日はありません。新たな出会いもあれば、毎日のように会っていた誰かがふいに現れなくなったりします。いつの間にか空き地ができて、そこに何があったか、忘れてしまったりもします。その無常をむなしく生きるか、移ろいの中にあっても確かなものをつかまえて今を生きようとするか。本作は問いかけているようでした。
本作を観て、ひろゆき(西村博之)さんが主宰していた「個人的に幸せになるにはどうしたらいいか会議」を思い出しました。「リア充」「タイパ」などネットの世界で生まれた価値観に縛られて、苦しい思いをしている若い人たちに観てもらいたい作品です。

2024年1月25日 木曜日
「堀江貴文ChatGPT大全」の表紙
今までPCといえば、定型的な仕事を早く正確に実行することでコストと労力を減らし時間を作り出すマシン(会計業務などが典型的)でした。私は、このマシンのお陰で現在の仕事や日常が成立していると言っても過言ではなく、趣味のモノというより障害者の日常生活用具に近い存在です。30年以上前、電話回線でアナログモデムを使ったパソコン通信で、同じ悩みを共有、共感できる人がディスプレイの向うにいることを知った時、このマシンの更なる可能性に大いに感動したものです。
やがてブロードバンドの普及によりインターネットが常時接続になり、SNSが世の中を変えていく風潮が生まれましたが、私にはパソコン通信時代のBBSと規模が違うだけで、むしろオペレーターがいない分、秩序が保てず、流れる情報にウソや誹謗中傷も多く感じられ、ITのテクニカルな部分には関心はあっても、もはや感動することはありませんでした。しかし、2023年、生成AIというものに触れて「これはスゴイ」と、久しぶりにPCに向かうのが楽しくなりました。
生成AIの代表的なものにOpenAIのChatGPT、GoogleのBardがあります。ChatGPTは3.5と有料版の4では性能に大きな差があるそうなので単純にBardと比べられませんが、使ってみた感触はBardの方がヒトに近い自然な表現をするように感じます。生成AI最大の特徴は、テンプレートではないオリジナルのテキストを生成する能力があることと、その能力が進化することです。これはすごいことです。
今回紹介する「堀江貴文のChatGPT大全」は、ChatGPTを活用している18人のユーザーの事例から、ChatGPTとは何かを感覚的に分かるように書かれた指南書です。
生成AIは、すでに様々な分野で活用が始まっており、本書でも医療分野から医師の加藤浩晃さんが「医師がいなくなる未来のはじまり」というテーマで解説されています。
ChatGPTはアメリカと日本の医師国家試験で合格レベルに達しており、診断や治療方針を考えることは人間よりも得意な分野であること、Medi社からChatGPTと連携した診療ガイドラインサービスが、HOKUTO社からは患者さんへの説明AI、最新医学論文検索AIがリリースされていることなどが紹介され、生成AIが医療領域においても革新的なツールであり、次世代の医療の在り方まで変える可能性があると述べています。
医師の説明よりもChatGPTの方が患者さんから共感される可能性があるという研究結果があり、医師が患者さんにどのように説明するとよいか、AIがアドバイスしてくれたり、対象を子供に設定すると子供向けの説明文を表示することができるレベルにあるということには驚きました。
AIと人間はどう共存していくべきなのか。インターネットがそうであるように、使い方によっては諸刃の剣になることは誰もが感じているところでしょう。ターミネーターのような殺人マシンが現れるとは思いませんが、誰もがスマホという端末を常に持ち歩くようになった今、一部の権力者によってAIは世論誘導に使われるかも知れません。(ターゲットが子供だと一番怖いと思います)その片鱗はすでにフェイク記事などに現れています。
この先、私たちを待っているのはどんな未来でしょうか。

2024年1月13日 土曜日
「60歳のトリセツ」の表紙
タレントの武田鉄矢さんが選んだ1冊の本に添って、毎週さまざまな「語り」を展開するラジオ番組「武田鉄矢 今朝の三枚おろし」をボッドキャストで愛聴しています。
昨年末、この番組でエッセイストである黒川伊保子さんの著書「60歳のトリセツ」が取り上げられました。
会社を定年退職した夫が長年連れ添った妻から、買い物、ゴミ出し、トイレの使い方、お風呂の使い方、パンツの尿シミ、体臭など諸々の事で小言を言われ、本当に落ち込むという話から50代、60代を迎えた女性がパートナーにダメ出しをするのはなぜなのか考えるという内容で、女性は50代を過ぎ子供が独立してしまうと、心理的には14才の頃に戻ることに、その理由があるという結論になりました。
番組は書籍の内容を単純に紹介するわけでなく、武田さんの経験や考察も交えて講談のように「語る」ので、今まで番組で取り上げた書籍を実際に何冊か読んでみましたが、印象が違うことも多いです。
本書は以下の6部構成になっています。

1章「若さを気にする」を捨てる
2章「ボケを気にする」を捨てる
3章「子どもを気にする」を捨てる
4章「老いと死を気にする」を捨てる
5章「夫を気にする」を捨てる
6章「友を気にする」を捨てる

黒川さんは元々、脳機能論とAIの集大成による語感分析法を開発した人です。脳機能とヒトの行動原理を関連付けた理論をベースに、自分と同時に対峙する他者も知ることで人間関係をより良くする考え方を提案しています。本作では生殖可能時期(子育ての時間も含めて)が過ぎたら新しい人生が始まると考えて、脳をリセットしようというのがテーマになっています。
1章では、60歳は人生の転換期であり、新しい人生の始まりであるというメッセージが語られます。2章では、60歳以降の脳は、これまでとは異なる働き方をするようになることが解説されます。3章では、老いへの不安を乗り越える方法が提示されます。4章では、親子関係を良好に保つためのコツが紹介されます。5章では、夫婦関係を円満にするためのヒントが示されます。6章では、人生の後半を充実させるための生き方について考察されます。
印象に残ったのは、3章のはじめに、子供を持たなかったことを「人生の欠けた部分」だなんて思う必要はないという記述で、いろいろな事情で子供がいない人、特に女性には救いになる言葉だと感じました。
若い時(生殖可能時期)と比べた50代以降の脳の変化や、その変化が人間の行動や思考にどのような影響を与えるのかについて、具体的なエピソードや事例を交えて分かりやすく解説されているので、すべての年代の人に参考になる良書です。

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