日常のささいなことを綴った不定期更新の日記です
2025年3月26日 水曜日
マンガ「ようこそ!FACT東京S区第二支部へ」の表紙
魚豊(うおと)さんのマンガ「ようこそ!FACT東京S区第二支部へ」を読みました。
非正規雇用、怪しい自己啓発セミナー、知能格差が生み出す所得格差と承認格差、そして孤独。多くの社会問題と、そこから生まれる陰謀論を青年の恋物語に盛り込み、この世界の見方を問う。そんな作品です。

主人公は渡辺拓也、19才。母子家庭で育ち「自分の人生を始めるため」上京。現在、非正規で冷凍肉の卸業者に手取り月額10万円で雇用されています。職場では名前すら覚えてもらえず、誤って荷物を足の上に落とした際には、周囲は荷物の方を心配しました。
渡辺は小学4年生の時に「論理的思考力」が優れていると一回教師にほめられて以降、それを心の拠り所にしていました。しかし、自身のその「思い込み」を逆手に取られて、上京後すぐにマルチ商法に騙されてしまいます。頭の悪さを指摘され、騙されていたことにやっと気が付いた渡辺はつぶやきます「人生始まっていなかったんじゃない、終わってたんだ」と。
そんなある日、渡辺は偶然、飯山と出会います。飯山は有名私立大学の福祉系サークルに所属する19才の女子学生で、父親は大学教授。渡辺が体育館かと思うほど広いエントランスの高級マンションに住んでいました。
渡辺は飯山のサークル活動のフィールドワークである非正規雇用者の実態調査に応じるうち、聡明で可愛く、自分に関心を持ってくれて、なによりも優しい飯山に恋心を抱きます。しかし、育ちがよく高学歴で裕福な飯山の、悪意などまったくない意識の高い会話についていくことが難しく、焦ります。
何とかしたい。そう思いながらSNSを見ていると、飯山が所属する福祉系サークルを執拗に攻撃する書き込みを発見します。投稿者は「FACT 東京S区第二支部」。
渡辺は飯山が非難されているように思え、身辺に危険が及ぶのではないかと心配になります。そして、ここで飯山を守ることができれば、飯山との距離が縮まるかも知れない。そんな思いから「FACT 東京S区第二支部」と接触を試みますが・・・。

本作は、陰謀論が世界を動かす今の時代を描いています。現代は所得格差より承認格差の時代。自分が世界から必要とされている実感が持てる側と持てない側の格差。そして、後者の側に生きる使命を与えるのが陰謀論であり、体制側やリベラルなインテリが否定し、バカにすればするほど、反作用で陰謀論者は増えていくものなのかも知れません。それがトランプ現象や兵庫県知事選といえるのではないでしょうか。それに、人は誰も陰謀を必要としているのかも知れません。なぜなら、陰謀を見つけて、共有した者同士の間では、たとえ社会の下層にいても承認格差が一時的ではあるにせよ消えるからです。
昨今の分断と格差が生み出す陰謀論を読み解き、SNSなどで安易な真実や正しさを求めがちな風潮に一石を投じる、若い人におすすめの一冊です。

2025年3月16日 日曜日
映画「35年目のラブレター」のポスター
塚本連平監督作品「35年目のラブレター」を観ました。
人が恋に落ちるのは、きっとその相手のいいところを知り、そこに惹かれるからでしょう。では、人に「愛おしさ」を感じるのはどうでしょうか。きっとそれは、相手のダメな部分を知っても、それすらも許せてしまえる時ではないでしょうか。
愛おしい人が、そばにいてくれる人生。それは何にも代えがたい価値がある。本作を観て改めて思いました。

本作は実話を脚色した作品です。
主人公の西畑保は終戦直後、和歌山県の在郷で育ちます。炭焼きを生業とする生活は苦しく、保は高値で売れる木の皮を集める仕事をさせられていました。
ある日、保は賃金を入れた袋を学校で落としてしまいます。それは担任の女教師に拾われたのですが、貧しい暮らしの保がこんな大金持っているはずがないと責められ、毎日、同級生からも泥棒と言われ、いじめられ、それが怖くて小学2年生の途中から学校に通えなくなります。
中学校に通う年齢になって働きに出た保でしたが、その人生に常につきまとったのは、「読み書きができないこと」でした。職探しにも苦労しましたが、理解ある寿司屋の大将の下で真面目に修行し、やがて立派な寿司職人となります。
どうしようもない劣等感を抱き、結婚なんて夢のまた夢とあきらめていた保でしたが、大将から勧められたお見合で皎子(きょうこ)と出会います。皎子は戦災孤児で、保同様、幼いころから苦労し、年の離れた姉を親代わりに慎ましく暮らしてきた女性でした。そんな皎子に惹かれた保は、読み書きできないことを打ち明けようとするも、どうしてもできないまま結婚。しかし、保が恐れていたその時はやってきました。
町内会の回覧板に署名ができず、とうとう皎子に事実を伝えるところとなります。その事実を知った皎子は、静かに保の手をとり、声をかけました。 「ずっと、辛い思いをしてきたんやろな」「今日から私があなたの手になる」と。
それから35年の月日が流れました。二人の娘に恵まれ、孫も生まれ、還暦を過ぎた保の日常に、ある変化が訪れます。64才になって、夜間中学に通うことを決意したのです。それは、読み書きのできない自分に長年連れ添い支えてくれた皎子に、感謝の気持ちを伝えるラブレターを書くためでした。
しかし、それは想像以上に困難なことでした。幼い頃に学び方を身につけていない保が、かな漢字混じりの文章を書けるようになるには、長い道のりが必要でした。そんな保を皎子は優しく、時には厳しく見守ります。
やがて、ラブレターが形になろうとしていた頃、皎子は病魔に侵されます・・・。

愛と悔しさを原動力に、どんな苦労も乗り越えようとする人の強さ。人と人がつながっていく中で、自分の思いを言葉に紡ぐこと。それを人に伝えることの大切さを実感しました。
共感したのは、今の幸せを手放したくない、けれど、事実を伝えないわけにはいかない保の葛藤。誰もが「ふつう」にできることができない劣等感は若い時には特に強烈で、それを別のなにかで埋めようとして虚勢をはっても簡単に剥がれてしまい、さらに劣等感が深くなるだけなのですが、それを一切しなかった保は、真の教養を身に着けた人であったからだと思います。

2025年3月9日 日曜日
映画「ファーストキス」のポスター
塚原あゆ子監督作品「ファーストキス」を観ました。塚原監督は2024年8月公開の「ラストマイル」がとてもよかったので期待していました。
本作は、生と死をテーマに、関係を見つめ直した夫婦の愛情物語。誰もが送る日常と地続きにあるような身近な距離感で、限られた命と、限られた時間、そのルールの中で、どう生きるのが幸せなのか。改めて考えるきっかけを与えてくれる作品でした。

主人公の硯カンナ(すずり かんな)はインテリアデザイナー。大学の古生物学教室で助手だった駈(かける)と学会の会場で出会い、結婚。駈は結婚を期に、お金にならない古生物学研究の道を諦め、一般企業に就職しました。
それから15年の月日が流れ、カンナは45才。駈は44才になっていました。夫婦の間に子供はなく、ささいなことで口論が絶えず、二人の関係は冷え切っていました。ある日の朝、会社に出かける駈に離婚届を渡して「出しておいて」と声をかけたカンナ。「わかった」と一言だけ告げてドアを閉めた駈。
その日の夕暮れ、駈の死を告げる電話がかかってきます。駅のホームで転落したベビーカーから子供を助けようとした駈が犠牲になったというのです。
この時、離婚届はまだ駈の鞄の中にありました。
ひとりになったカンナは、舞台美術の仕事をしながら第二の人生を歩もうとしていました。そんな矢先、偶然タイムトラベルをする方法を知ります。ただ、戻る過去はいつも15年前。駈と初めて会った、あの学会会場。そこにはカンナと出会う直前の駈がいました。
出会った頃の若き日の駈を見て、カンナは思います。「わたしは、やっぱりこの人のことが好きだった」と。
駈に再会したカンナは、もう一度、駈と恋に落ちます。そして思うのは15年後、事故死してしまう駈をどうしても救いたい。ただそれだけ。死にゆく駈の運命を変えようと奔走するカンナ。タイムトラベルを繰り返すたびに愛おしさは増していくのに、思い通りになりません。そして最後にたどり着いた駈を救う方法、それは、自分と駈が出会うことなく、結婚もしないことでした・・・。

タイムトラベルという古典的なファンタジー設定と、ユーモアを効かせた作風が柔らかく全体を包み、随所でクスリとさせる軽やかさも加わり、生死を扱いながらも重苦しさは一切感じませんでした。
結婚生活を悲観していた主人公が、最終的にたどり着くのは、人生はめぐり逢いで出来ているという真実。観客はエンドロールが終わり灯が点く頃、それぞれに大切な誰かを思い浮かべて家路についたことでしょう。
忘れかけていた気持ちに触れ、大切な人を思う余韻が広がる作品でした。

2025年3月6日 木曜日
「貧困と脳」の表紙
鈴木大介さんの著書「貧困と脳」を読みました。
初版が2024年11月で、2025年2月に第3刷発行となっているベストセラーです。鈴木さんは、売春や性風俗で日銭を稼ぐことしかできない境遇にいる女性たちに光を当て、話題となった「最貧困女子」などで知られるルポライターです。
大きくなる所得格差の背景を論じるにあたり「脳」というキーワードは新しい切り口として、また、橘玲さんが指摘する「能力主義社会」ともリンクする部分もあって興味深く読みました。

鈴木さんは若者の貧困問題を取材する中で、貧困当事者たちに共通する「だらしなさ」や「事務能力の低さ」を感じ続けていました。世間ではそれを「サボり」や「甘え」と非難し、貧困に陥るのは自己責任だと断罪します。しかし、鈴木さん自身が2015年、42才の時に脳梗塞を発症し、後遺症として高次脳機能障害となったことにより、脳の障害によってどんなに頑張ってもできないことがあるという「生き地獄」を経験します。その経験を通じ、貧困当事者たちもまた「働けない脳」に苦しんでいたのではないかと気付きます。本書では「働けない脳、すなわち不自由な脳」の存在について実体験をもとに解説し、脳のバランスが少し崩れるだけで誰もが陥る可能性があると指摘します。そして、社会として救いの手を差し伸べる必要性を訴えるとともに、当事者たちには自罰の感情に陥らないようアドバイスをしています。
ドイツの哲学者ディルタイは、「どんな精神的な事情についても私たちの知識は体験からのみ得られる。私たちが体験したことのない感情を他人のうちに再発見することはできない」と言っています。私もその通りだと思います。障害のある我が子がどんなに苦しんでいても、親はその辛さを追体験することはできません。しかし、ディルタイはこうも言っています。「だからこそ、自分とは異なる価値観や考え方を持つ他人に自己を投影し、相手が何を考えているのか、どう感じているのかを想像する力が必要なのだ」と。
本書で一番印象に残ったのは、鈴木さんと奥様とのエピソードです。高次脳機能障害によって起こってくる様々症状の背景には「不安」という要素が大きく影響しており、スーパーで過換気発作が起こって床にうずくまってしまった時に、奥様が背中を撫でる、手を取って導く、それだけで不安がなくなり症状が緩和したそうです。このことから鈴木さんは周囲に対して適度な依存も必要ではないかといいます。これはディルタイの説く、自己移入することができる他者がそばにいてくれることでしょう。
本書では当事者のために医療者などが考える支援とは別の、貧困に陥らないためのライフハックが紹介されていますが、最も大事なことは、ひとりでも当事者を理解しようとしてくれる誰かがいることだと思いました。

2025年2月21日 金曜日
「新しい免疫入門」の表紙
「新しい免疫入門 改訂第2版」を読みました。自然免疫が専門の審良静男(あきら しずお)さん。B細胞が専門の黒崎知博さん。T細胞、神経免疫学、炎症学が専門の村上正晃さん。三人の免疫学者による共著です。
本書は2014年12月刊「新しい免疫入門」の改訂版で、最新の知見をふまえ、免疫という極めて複雑で動的なシステムの中で、無数の細胞がどう協力して病原体や、がんを撃退するのか、その流れがよくわかる良書です。

1章 自然免疫の初期対応
2章 獲得免疫の始動
3章 B細胞による抗体産生
4章 キラーT細胞による感染細胞の破壊
5章 複数の免疫ストーリー
6章 遺伝子再構成と自己反応性細胞の除去
7章 免疫反応の制御
8章 免疫記憶
9章 腸管免疫
10章 自然炎症
11章 がんと自己免疫疾患

という構成で、1章から4章で自然免疫が獲得免疫を始動し、さまざまな免疫細胞が協力して病原体の撃退にあたる、免疫反応の流れを大まかに知ることができます。次いで5章以下で細部に踏み込んで、免疫がもつ機能や、腸内細菌、がんとの関りなどを解説しています。
自然免疫は獲得免疫を始動させるスターターであることが解明されたことや、制御性T細胞の存在が明らかになったこと、新たながん治療として研究されてきたmRNAワクチンが実用化したことなど、20世紀の終わり頃から現在まで大きく変わった免疫の最新の知見を網羅しており、特に感染症のみならず、糖尿病や痛風、がんなどの発症に関しての免疫の関りの解説は興味深いものがありました。
特に印象に残ったのは、「免疫系は全身性の動的なシステムである」という事です。免疫は周囲環境に応じて変わり、排除か共存か、炎症かサイレントキルか、広く弱くか狭く強くか、状況に応じた反応をするというのは神秘的でさえあります。また、T、B細胞が出会い、抗体産生に繋がる場としてのリンパ節の役割は勉強になりました。

2025年2月12日 水曜日
「生成AIで世界はこう変わる」の表紙
ChatGPT、Geminiに代表される生成AI(Generative Artificial Intelligence)の出現で人工知能の研究は飛躍的に発展し、一般市民の日常にもAIが浸透しはじめていることを実感している人も多いのではないかと思います。そんな中、2024年12月、中国のAI企業「DeepSeek」が開発した生成AIの最新モデルが世界中の注目を集め、Googleはコードレッド(厳戒警報)を宣言し、日本では官房長官が政府機関に注意喚起するに至りました。巨額の開発競争が繰り広げられる人工知能の世界で、これまでの100分の1というコストで高い性能を実現したことは驚異的な事だといいます。
大企業や国家さえ動かす人工知能という技術。この技術によって私たちの暮らしは、未来はどう変わるのか。それを知りたくて人工知能の研究者、今井翔太さんの著書「生成AIで世界はこう変わる」を読みました。初版が2024年1月で、同年12月には14刷が発行されていることから、市民のAIに対する関心の高さがうかがえます。

第1章:「生成AI革命」という歴史の転換点
第2章:生成AIの背後にある技術
第3章:AIによって消える仕事・残る仕事
第4章:AIが問い直す「創作」の価値
第5章:生成AIと共に歩む人類の未来

という構成で、研究者視点の見解を交えながら、生成AIの仕組みや背後にある技術、今後私たちに与える影響などを、短期的、長期的なものに分けて解説しています。
第1章では、そもそもAIとは何かという解説から、私たちは今、史上最速で社会変化をもたらす生成AI革命の中にあり、AIを技術的ツールとしてだけでなく、この世界に初めて誕生した人間と同等以上の「知的存在」として考えるという視点が語られます。
第2章では、現在における主要な生成AIの技術を解説しています。
2017年からNHK-Eテレでシリーズで放送された「人間ってナンだ?超AI入門」を見ていたので、ニューラルネットワークやディープラーニングなど、AIの基本的な技術の概要は知っていましたが、人間によるチューニングだけでなく、半自動的な学習すら可能になっているのは驚きでした。
第3章では短期的な視点で、生成AIが暮らしや仕事に与える影響を解説しています。
よくAIによってなくなる職種の話は週刊誌などでも取り上げられますが、生成AIは労働置換型ではなく労働補完型の技術であって、既存の労働をより生産的に、より快適で質が高いものにするという説を支持する研究者が多いようです。ただ、生成AIの影響を最も受けやすいのはホワイトカラーの職種であり、肉体労働の仕事はAIが代替しにくい分野であるというのは共通認識のようです。
第5章では、長期的な視点で生成AIの発展の方向や人類との関わりについて論じています。
生成AIの登場で、人間を超えた「超知能」の誕生が現実味を帯びてきている今、多くの研究者は現在の激しいAI開発競争の先に何が起きるのか全くわからないと答えるといいます。AIの生みの親でもあるジェフリーヒントンは加熱するAI研究に危険性を感じて、人類にとって取り返しのつかない結果を避ける取り組みが必要だと主張しているそうです。
AIが人間の思考の限界を超えて、人に優しく価値のあるものを生み出してくれる明るい未来を私たちは想像しがちですが、倫理的な問題、偽情報の拡散、人間の創造性への影響など潜在的なリスクについても理解する必要がありそうです。

生成AI革命後の世界はどんな風景が見られるのか、楽しみでもあり、不安でもあり、そこでどう生きていったらいいのでしょう。

2025年2月5日 水曜日
消雪パイプ破損の画像
この冬一番の寒波が日本列島を包んでいます。長岡でも2025年2月5日未明から降り方が強くなり、6日の午後までには長岡で100pを超える見込みとなっています。 そんなわけで、今朝から4回、駐車場の除雪をしたのですが、消雪パイプの配管が壊れて漏水していることに気付きました。なんと間が悪いことか!!肝心な時に。まぁ、グチッても仕方ないので体力の続く限りやるしかありません。後は祈るだけです。

2025年2月2日 日曜日
末期がん「おひとりさま」でも大丈夫の表紙
城定秀夫監督作品「嗤う蟲」(わらう むし)を観ました。原作のない映画オリジナル作品です。
ルビなしではタイトルを読めませんでしたが「嗤う」とは、あざけりわらうという意味で、「蟲」は小さな生き物、ハチやムカデ、カタツムリなどを指す言葉のようです。人目につかない、ほの暗く、じめっとした場所でムカデがあざけりわらう・・・。なんとも薄気味悪いイメージしかわいてきませんが、本作は日本各地で起きた村八分事件をモチーフに、現代社会に隠された村社会の闇を描いたスリラー作品です。

脱サラで有機農業を志す輝道、イラストレーターである杏奈(夫婦別姓にしている)が、田舎でのスローライフにあこがれて東京を離れ、麻宮村に移住してくるところから物語は始まります。
自治会長の田久保を過剰なまでに信奉する村人たちの度を越えたおせっかいに戸惑いながらも、田舎のスローライフを満喫する二人。そんな中、徐々に村の様子がわかってくると、杏奈は、隣人が田久保を異常に恐れていることに不信感を抱くようになっていきます。
一方、輝道は田久保に誘われて村の祭りに参加したり、農業の指導を受けているうちに、「ある仕事」を手伝うように依頼されます。最初は断っていた輝道でしたが断れない状況に追い込まれ、麻宮村の隠された闇を知ります。そして、このことを共有できなければ村八分どころか、家族の命さえ危なくなることも同時に知ります。
輝道の異変に気付いた杏奈は、輝道を問い詰めますが、真実を語ろうとしないことに嫌気がさし、子供を連れて東京に帰る決意をします。しかし、峠道を車で下っている途中、田久保たち村人に止められ、子供は奪われ杏奈は監禁されてしまいます・・・。

ロマンチックな田舎暮らしを夢見て田舎へ移住し、無農薬栽培を試みたり、オシャレなレストランを開店した若者たちが地元の住民と揉めたという事例は珍しくなく、本作は、ここに見慣れないものに対する恐怖と警戒心、力学関係を悪用する人間心理、そして同調圧力という、目に見えないけれども最も強力な規制として人々の間に作用する概念を織り込んだ、すごく日本人的な(外国人には理解できないかも?)物語だと思いました。

2025年1月25日 土曜日
末期がん「おひとりさま」でも大丈夫の表紙
長田昭二(おさだ しょうじ)さんの著書、末期がん「おひとりさま」でも大丈夫を読みました。
もし、ステージ4のがん(多臓器転移があり、原則的に手術は不適応で、化学療法、放射線療法等により、がんとの共存をめざすレベルのがん)を告知されたら?多くの人は頭が真っ白になってしまうのではないでしょうか?本書は、それを真正面から受け止め、受け入れ、治療をしながら日常を送り、仕事をし、終活する日々を赤裸々に語った、59才、独身男性の闘病記です。
特異な点は、著者の長田さんが病気を、治療をよく知る医療ジャーナリストであることです。発病から診断、治療に至る経過と、治療内容の克明な記録もさることながら、病気になる以前の人生の記録と、告知以降の時々の心持の変化の記録、医療者との関係性は、Narrative Based Medicine(NBM:患者さんが歩んできた人生や築き上げてきた価値観、疾患に対するとらえ方などを含めた全人的医療)の観点でみた時に、とても良いテキストになると思いました。

第1章 検査がこわい
第2章 後悔しない医師選び
第3章 手術をためらう
第4章 心身と生活の変化
第5章 治療にかかるお金の真実
第6章 最新医療との付き合い方
第7章 抗がん剤がこわい
第8章 終活がはじまる
第9章 おひとりさまの死に場所選び

という構成で、独身男性(子供なし)が、ステージ4のがんに見舞われ、治療、お金、生活と仕事の不安に向き合わなければならなくなった時、どうなるのか?現実を見たくない心理、手術と抗がん剤の苦しさはどれぐらいか、意外とかからない医療費、独身ならではのメリット、そして性機能を失うとはどういうことか。身をもってこれらの疑問に答えています。

病状の経過を時系列に整理すると、
・2016年8月(51才):2度目の離婚に憔悴し、体重が20キロ近く減ったところから立ち直りかけた時期、炎天下でジョギングをして帰宅後、血尿あり。PSA(腫瘍マーカー)3.5 医師より前立腺がんの可能性を指摘されるも、検査が怖かったこと、性器を看護師に見られることの恥ずかしさのため放置。
・2020年1月(54才):安静時に血尿あり。
・2020年3月:膀胱鏡検査、前立腺生検で前立腺がん確定。グリソンスコア(がんの悪性度を示す指標で2〜10までの9段階で評価)は8で悪性度は高かった。
・2020年7月(55才):主治医から前立腺全摘術を提案されるも、3度目の結婚をあきらめたわけではないことから性機能の温存を優先し、高密度焦点式超音波療法(通称HIFU)を実施。
・2021年6月:骨と肺に転移。
・2021年8月(56才):前立腺全摘術を受ける。ホルモン療法開始。
・2022年6月:経口抗がん剤投与開始。
・2023年9月(58才):全身の骨に多発転移。
・2023年11月:点滴による化学療法開始。2025年1月現在継続中。
治療上の大きなターニングポイントは、2020年7月であったことがうかがえます。

2人に1人ががんになり、3割のカップルが離婚し、生涯未婚率が3割を超えようとしている現代は「おひとりさま」でがんになるということは他人事ではありません。
ひとりで告知を受け、治療の選択をし、終活も滞りなく完遂し、旅立つことは簡単ではないと思います。著者は入院や死後処理に関して、身元保障人や成年後見人(任意後見)について触れていませんが、すべて友人に任せるというのは一般的ではないと思いました。
印象に残ったのは、治療方法の選択に対して、著者は合理性よりも感情を優先させたことです。いつか読んだ脳科学の本にあった「ヒトは選択をするときに、最終的に判断を下すのは感情である」という言葉を思い出しました。

2025年1月12日 日曜日
映画「はたらく細胞!!」のアクリルスタンド
武内英樹監督作品「はたらく細胞!!」を観ました。原作は清水茜さんの同名マンガで、NHK-Eテレでアニメ化もされています。(私はこれで知りました。)本作は実写版として撮られた作品で、病気やケガなどがあったとき、命を守ために私たちの体内で起こっている、病気や細菌などと細胞たちの戦いを描いた奇想天外な物語です。
感動と驚きとユーモアがつまっていて、ワイヤーアクションなどもスゴイので子供が楽しめるのは勿論、日頃、不摂生をしているオジサンには、生活習慣を見直す大切さを教えてくれる良作です。

人間パートの主人公は、高校生の日胡(にこ)と、父の茂。母が亡くなってから茂は男手ひとつで日胡を育てきました。健康的な生活習慣を送る日胡の体内の細胞たちはいつも楽しく働いていますが、不規則、不摂生な茂の体内では、ブラックな労働環境に疲れ果てた細胞たちが不満を訴えていました。そんなある日、彼らを感染症、ケガ、白血病が襲います・・・。
細胞パートの主人公は、日胡の体内で働いている赤血球と白血球。新米の赤血球は酸素の届け先がわからず、右往左往したり、あろうことか、肺炎球菌を荷物に入れてうっかり肺まで運んでしまいます。その時、白血球が現れ、荷物の中から出てきて暴れようとする肺炎球菌を気管支まで追い詰め、くしゃみ1号のロケットに入れて飛ばし、赤血球を助けます。
他にも、擦り傷ができたときには血小板が集まってきて傷口を塞いだり、細菌感染に対してヘルパーT細胞、キラーT細胞、NK細胞、マクロファージなどが協力して命を守る様子が描かれます。
そんなある日、強い白血球になるために、やる気に満ちて訓練していた子供の白血球がリーダーに呼ばれ、「君は細胞としてエラーがあり、この身体には必要ない。よって排除する。」と宣告されます。「なんで、こんなに頑張っているのに、勝手にエラーとか言って排除しようとするんだ、ふざけるな!」子供の白血球が怒って叫んだ瞬間、がん細胞へ成長してしまいます・・・。

写真は劇場の売店で買ったアクリルスタンドです。普段グッズを買うことなどありませんが、なんか、見ていたら元気になるような気がして。
毎日、酸素を運んでくれている赤血球をはじめ、37兆個の細胞たちに感謝です。

2025年1月9日 木曜日
小説「おきざりにした悲しみは」の表紙
ここ数年、正月はラジオを聴きながら、のんびり小説を読むのが常となっており、年末に本屋さんの棚をながめていると「おきざりにした悲しみは」というタイトルと、ギターをかかえたオジサンのイラストが目にとまりました。この瞬間から吉田拓郎が同名の曲を熱唱している姿を思い浮かべるまで数秒。妙な期待感で即買いしました。
著者は原田宗典さんで、6年ぶりの書きおろし作品です。令和を生きる昭和のオジサンの身に起こった、ひと夏の希望の物語。吉田拓郎「おきざりにした悲しみは」泉谷しげる「春夏秋冬」そして藤圭子「圭子の夢は夜ひらく」物語のなかに登場する楽曲です。YouTubeで聴きながら読むと、より物語の世界に浸れると思います。正月に読むにふさわしい、暖かい作品でした。

物語の舞台は2023年8月、猛暑の東京都小平市。
主人公の長坂誠は65才、独身。家族は、母と未婚の妹が郷里の岡山で市営アパートに暮らしています。彼は家賃3万8千円のアパート「さくら荘」の21号室に住み、物流倉庫の臨時雇いで、フォークリフトの運転手をしています。預貯金はほとんどありません。
彼は、23才で渋谷にあるデザイン専門学校に入学。ここで初美と出会い28才で結婚。(後に初美が妊娠できない体であることを知る)ふたりでデザイン事務所を開業するも、バブル景気は終わり仕事は激減。そんな時、お互いに浮気をしていることが発覚し、31才で離婚。その後、岡山、大阪を転々とし、紆余曲折を経て、今の暮らしにたどり着きました。
職場でケガをして病院で額を数針縫って帰った、とんでもなく暑かった7月31日の夜、長坂は玄関ドアの外の物音に気付いてドアを開けると、23号室に住む中学生の女の子が、洗濯機のホースを外して水を盗もうとしているところでした。
彼女の名前は真子。自閉症の小学生の弟は圭。この姉弟との出会いが、アパートと職場の往復だけだった長坂の日常を一変させます・・・。

過去の葛藤や後悔を背負いながら生きる長坂と、幼くして人生の悲哀を知った姉弟。彼らの出会いが織りなす物語。老い、家族、そして人生の意味など普遍的なテーマを描いた本作は、過去を乗り越え、未来へと歩み出す人を可笑しく、切なく、そしてやさしく描いています。

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