日常のささいなことを綴った不定期更新の日記です
2025年8月28日 木曜日

週刊文春のエース記者を経て、現在はノンフィクションライターとして活躍されている甚野博則さんの著書「衝撃ルポ 介護大崩壊 お金があっても安心できない」を読みました。甚野さんの著書は2024年11月に「ルポ超高級老人ホーム」を紹介しています。
1947年から1949年(昭和22年〜昭和24年)に生まれた、いわゆる団塊の世代が75才以上になる本年は、介護崩壊が始まる元年とされていました。しかし、すでに崩壊が始まっていることは8月1日に紹介した「2030―2040年 医療の真実 下町病院長だから見える医療の末路」で取り上げられていたデータからも明らかです。本書は絶望的な人手不足と高齢化する介護職員、虐待を放置する施設、介護保険と介護ビジネスに蔓延する悪徳事業者などの実態を、現場取材と証拠に基づいて詳細にまとめたルポルタージュです。
第1章 高齢者が高齢者を介護する時代
第2章 人手不足の絶望的な現実
第3章 閉ざされた介護
第4章 介護とカネ
第5章 死のタブーと壊れる家族
という構成で、お金があっても安心できない日本の介護現場の実態を浮き彫りにし、早めの備えと正しい知識の習得が必須なことを教えています。
一番身につまされたのは第5章で、現在、身寄りのない単身者は身元保証人が確保できないと、入院はおろか高齢者施設への入所は多くの場合できません。そこで「身元保証サービス」を頼ることになります。
身元保証サービスとは一般的に、病院や介護施設に入る際に必要となる保証人の役割や、死後の事務手続きが主な仕事ですが、会社によっては安否確認や通院の付き添い、支払い代行などを含むこともあるようです。
依頼人は契約時に一定の預託金(葬儀費用や病院、施設に対する支払いなどに当てられる)を払い、それとは別に月額利用料を払うことでサービスを受けることができますが、トラブルが急増しているといいます。その背景として、
・預託金の管理方法に問題がある事業者が多い。
・死後、財産をサービス会社に寄付する前提で契約を結ぶ事業者がある。
・身元保証サービスに関する法律や規制が整備されていない。
などが挙げられます。身もふたもない言い方をすれば、身元保証会社は依頼人を守るというよりは、家族の代行がメインの業務であるわけで、法的にグレーな行為であっても「死人に口なし」とばかり、利益を上げたいと考える業者もあるでしょう。
こういった問題に対して任意後見人制度を使うという方法もありますが、私が調べた範囲ではとても高額で現実的ではありません。
身元保証サービスの問題点については国も把握はしており、運営指針は作ったようですが強制力はありません。自治体によっては期限付きの認証制度(一定期間が経過すると再審査を受ける必要がある)を作りサービスの質を担保したり、社会福祉協議会が身元保証事業を行うところも出てきてはいるようです。
自分の希望を的確に伝え、提供されるサービス内容や条件、料金体系を理解し、不明な点はサービス会社に質問し、納得して契約するには、元気なうちでないと無理だと思います。
「私は、まともな身元保証会社を一度も見たことがありません」という、ソーシャルワーカーさんの言葉が紹介されていましたが、それでも頼らざる負えない現実があります・・・。
私は介護支援専門員(ケアマネージャー)の勉強をする中で「介護とは、身体的なケアだけを意味するのではなく、人間がその人らしく生きることを支える行為である」と習いましたが、その理想からはだいぶ遠くなっているのかも知れません。
1947年から1949年(昭和22年〜昭和24年)に生まれた、いわゆる団塊の世代が75才以上になる本年は、介護崩壊が始まる元年とされていました。しかし、すでに崩壊が始まっていることは8月1日に紹介した「2030―2040年 医療の真実 下町病院長だから見える医療の末路」で取り上げられていたデータからも明らかです。本書は絶望的な人手不足と高齢化する介護職員、虐待を放置する施設、介護保険と介護ビジネスに蔓延する悪徳事業者などの実態を、現場取材と証拠に基づいて詳細にまとめたルポルタージュです。
第1章 高齢者が高齢者を介護する時代
第2章 人手不足の絶望的な現実
第3章 閉ざされた介護
第4章 介護とカネ
第5章 死のタブーと壊れる家族
という構成で、お金があっても安心できない日本の介護現場の実態を浮き彫りにし、早めの備えと正しい知識の習得が必須なことを教えています。
一番身につまされたのは第5章で、現在、身寄りのない単身者は身元保証人が確保できないと、入院はおろか高齢者施設への入所は多くの場合できません。そこで「身元保証サービス」を頼ることになります。
身元保証サービスとは一般的に、病院や介護施設に入る際に必要となる保証人の役割や、死後の事務手続きが主な仕事ですが、会社によっては安否確認や通院の付き添い、支払い代行などを含むこともあるようです。
依頼人は契約時に一定の預託金(葬儀費用や病院、施設に対する支払いなどに当てられる)を払い、それとは別に月額利用料を払うことでサービスを受けることができますが、トラブルが急増しているといいます。その背景として、
・預託金の管理方法に問題がある事業者が多い。
・死後、財産をサービス会社に寄付する前提で契約を結ぶ事業者がある。
・身元保証サービスに関する法律や規制が整備されていない。
などが挙げられます。身もふたもない言い方をすれば、身元保証会社は依頼人を守るというよりは、家族の代行がメインの業務であるわけで、法的にグレーな行為であっても「死人に口なし」とばかり、利益を上げたいと考える業者もあるでしょう。
こういった問題に対して任意後見人制度を使うという方法もありますが、私が調べた範囲ではとても高額で現実的ではありません。
身元保証サービスの問題点については国も把握はしており、運営指針は作ったようですが強制力はありません。自治体によっては期限付きの認証制度(一定期間が経過すると再審査を受ける必要がある)を作りサービスの質を担保したり、社会福祉協議会が身元保証事業を行うところも出てきてはいるようです。
自分の希望を的確に伝え、提供されるサービス内容や条件、料金体系を理解し、不明な点はサービス会社に質問し、納得して契約するには、元気なうちでないと無理だと思います。
「私は、まともな身元保証会社を一度も見たことがありません」という、ソーシャルワーカーさんの言葉が紹介されていましたが、それでも頼らざる負えない現実があります・・・。
私は介護支援専門員(ケアマネージャー)の勉強をする中で「介護とは、身体的なケアだけを意味するのではなく、人間がその人らしく生きることを支える行為である」と習いましたが、その理想からはだいぶ遠くなっているのかも知れません。
2025年8月17日 日曜日

2025年8月12日の大竹まことゴールデンラジオのゲストは朝日新聞の記者、三浦英之さんでした。三浦さんの著書「1945 最後の秘密」の紹介の中で、新潟市民が「原爆疎開」をしていた事実を初めて知り驚きました。
1945年当時、新潟県知事は内務省から選任された畠田昌福でした。彼は警察官僚出身であり、国家中央の情報も知りえる立場にあったようです。
畠田は、国内主要都市が次々に爆撃の標的になり壊滅していく中で、日本海側の主要都市であり軍事拠点としても重要な新潟が無事であることに違和感を感じていましたが、広島、長崎に新型爆弾が投下されたことを知り、次は新潟ではないかと推論します。
そこで内務省に市民の避難を進言しますが、回答は市民が混乱するから認めないというものでした。
国家の命令に従うか、それとも、17万人の新潟市民の命を守るか。究極の選択を迫られた畠田は、新潟全市民の強制疎開を決断しました。8月11日から15日まで、警察官や消防士、一部の役人、そして畠田とその家族を残して、市内には誰もいなくなりました。
戦後、原子爆弾投下候補地として、広島、長崎、新潟、小倉がリストアップされていたことが判明し、もし、終戦が遅れていたら新潟にも投下されていた可能性があったことがわかりました。
卓越した情報分析力と判断力、そして、なによりも自身の保身どころか、逮捕される可能性すらある状況で市民の命を第一に考えた畠田昌福。尊敬します。
このように戦後80年が経過しても、まだ知りえない事実があります。
山田敏久監督作品「雪風 YUKIKAZE」は、第二次大戦中、日本海軍に実在した駆逐艦「雪風」の知られざる史実を基に、太平洋戦争の渦中から戦後、そして現代へとつながる激動の時代を懸命に生き抜いた人々の姿を描くヒューマンドラマです。
戦闘や犠牲を飾り立てるのではなく、生きることや命を助けることの尊さが、真正面から描かれている作品でした。
駆逐艦「雪風」は、1941年12月8日の真珠湾攻撃による日米開戦以降、1942年6月5日のミッドウェイ海戦をはじめ、すべての戦いを生き抜き、どの戦場でも海に投げだされた多くの仲間たちを救い、必ず共に還ってきたことから、「幸運艦」と呼ばれていました。
その活躍の裏には、艦長である寺沢の卓越した総艦技術と、先任伍長である早瀬の的確な判断がありました。また、寺沢は若い井上たちを無駄死にさせないために尽力し、早瀬は故郷にいる妹の未来、若い兵士の未来を守る思いを抱いて戦います。
そして1945年4月6日、雪風は死を前提にした最後の作戦で沖縄へ向かいます・・・。
本作は戦争を題材にしていますが、軍隊の厳しい上下関係が感じられず、兵士たちにもあまり悲壮感がなく、リアリティに欠けたと思う部分もありました。
印象に残ったのは、早瀬が10年後、20年後、この国の理想を寺沢に問い、「ふつうがいいな」と寺沢が答えたシーンです。何気ない日常こそ幸せなのは真理だと思います。
1945年当時、新潟県知事は内務省から選任された畠田昌福でした。彼は警察官僚出身であり、国家中央の情報も知りえる立場にあったようです。
畠田は、国内主要都市が次々に爆撃の標的になり壊滅していく中で、日本海側の主要都市であり軍事拠点としても重要な新潟が無事であることに違和感を感じていましたが、広島、長崎に新型爆弾が投下されたことを知り、次は新潟ではないかと推論します。
そこで内務省に市民の避難を進言しますが、回答は市民が混乱するから認めないというものでした。
国家の命令に従うか、それとも、17万人の新潟市民の命を守るか。究極の選択を迫られた畠田は、新潟全市民の強制疎開を決断しました。8月11日から15日まで、警察官や消防士、一部の役人、そして畠田とその家族を残して、市内には誰もいなくなりました。
戦後、原子爆弾投下候補地として、広島、長崎、新潟、小倉がリストアップされていたことが判明し、もし、終戦が遅れていたら新潟にも投下されていた可能性があったことがわかりました。
卓越した情報分析力と判断力、そして、なによりも自身の保身どころか、逮捕される可能性すらある状況で市民の命を第一に考えた畠田昌福。尊敬します。
このように戦後80年が経過しても、まだ知りえない事実があります。
山田敏久監督作品「雪風 YUKIKAZE」は、第二次大戦中、日本海軍に実在した駆逐艦「雪風」の知られざる史実を基に、太平洋戦争の渦中から戦後、そして現代へとつながる激動の時代を懸命に生き抜いた人々の姿を描くヒューマンドラマです。
戦闘や犠牲を飾り立てるのではなく、生きることや命を助けることの尊さが、真正面から描かれている作品でした。
駆逐艦「雪風」は、1941年12月8日の真珠湾攻撃による日米開戦以降、1942年6月5日のミッドウェイ海戦をはじめ、すべての戦いを生き抜き、どの戦場でも海に投げだされた多くの仲間たちを救い、必ず共に還ってきたことから、「幸運艦」と呼ばれていました。
その活躍の裏には、艦長である寺沢の卓越した総艦技術と、先任伍長である早瀬の的確な判断がありました。また、寺沢は若い井上たちを無駄死にさせないために尽力し、早瀬は故郷にいる妹の未来、若い兵士の未来を守る思いを抱いて戦います。
そして1945年4月6日、雪風は死を前提にした最後の作戦で沖縄へ向かいます・・・。
本作は戦争を題材にしていますが、軍隊の厳しい上下関係が感じられず、兵士たちにもあまり悲壮感がなく、リアリティに欠けたと思う部分もありました。
印象に残ったのは、早瀬が10年後、20年後、この国の理想を寺沢に問い、「ふつうがいいな」と寺沢が答えたシーンです。何気ない日常こそ幸せなのは真理だと思います。
2025年8月15日 金曜日

横沢丈二さんの短編小説集「見つけてください」を読みました。
本書は、フィクションにドキュメンタリーの手法を用いたモキュメンタリーホラー小説で、著者の横澤さんは自身の霊体験と数奇な運命で出会った幽霊の男の子、てっちゃんに聞いた話をもとに本書を執筆したと言います。
・リヴァーサイド・ヴィラ
新婚でN町に引っ越してきた麻衣は、深夜の怪奇現象に悩み、夫婦仲がこじれていきます・・・。
・カラスがいるN病院
20年前N病院に措置入院した浩。あの時、あの塚で惨殺死体で発見された友人の三角と何があったのか・・・。
・光の泡
香澄は悪い子。馬鹿野郎な子。母親の夕貴は娘への悪口を花に語る。すると・・・。
・ゴミ屋敷
「お母さん、泣いているかなぁ。だと、うれしいな!」香澄の口元には笑みが浮かんでいた・・・。
・クリーニング屋
Sクリーニング店の店主は、トントントンと汚れをとります。それは何のしわ・・・。
のほか、「N病院の女」「縁切りビル」「川で溺れた少年」を収録しています。
先日、堀江貴文さんと、クリエーターの荒井ジョースケさんの対談を見て、日本発のホラー作品が世界で高い評価を受けており、背景として物語としてのクオリティの高さと、民俗学的文脈と伏線に溢れて進化したことがあることを知りました。
たしかに、小泉八雲や日本昔話にはホラーの要素がある物語が数多くあります。
日本のホラー作品の特徴は「怖いモノ」それ自体より、人の心の奥底に潜む妬み、嫉み、恨み、傲慢、背徳といったベースがあり、そこに、いじめや貧困、老々介護といった社会的な背景が加わって「怖い気配」を創り出すところだと思います。本作もこの特徴を備えており、肌にまとわりつく怖さがありました。
映像作品として、これはすごいと思ったホラー作品は2004年10月に公開された落合正幸監督作品「感染」です。社会的背景としては公開当時より現在のほうが、迫ってくるものがあると思います。
本書は、フィクションにドキュメンタリーの手法を用いたモキュメンタリーホラー小説で、著者の横澤さんは自身の霊体験と数奇な運命で出会った幽霊の男の子、てっちゃんに聞いた話をもとに本書を執筆したと言います。
・リヴァーサイド・ヴィラ
新婚でN町に引っ越してきた麻衣は、深夜の怪奇現象に悩み、夫婦仲がこじれていきます・・・。
・カラスがいるN病院
20年前N病院に措置入院した浩。あの時、あの塚で惨殺死体で発見された友人の三角と何があったのか・・・。
・光の泡
香澄は悪い子。馬鹿野郎な子。母親の夕貴は娘への悪口を花に語る。すると・・・。
・ゴミ屋敷
「お母さん、泣いているかなぁ。だと、うれしいな!」香澄の口元には笑みが浮かんでいた・・・。
・クリーニング屋
Sクリーニング店の店主は、トントントンと汚れをとります。それは何のしわ・・・。
のほか、「N病院の女」「縁切りビル」「川で溺れた少年」を収録しています。
先日、堀江貴文さんと、クリエーターの荒井ジョースケさんの対談を見て、日本発のホラー作品が世界で高い評価を受けており、背景として物語としてのクオリティの高さと、民俗学的文脈と伏線に溢れて進化したことがあることを知りました。
たしかに、小泉八雲や日本昔話にはホラーの要素がある物語が数多くあります。
日本のホラー作品の特徴は「怖いモノ」それ自体より、人の心の奥底に潜む妬み、嫉み、恨み、傲慢、背徳といったベースがあり、そこに、いじめや貧困、老々介護といった社会的な背景が加わって「怖い気配」を創り出すところだと思います。本作もこの特徴を備えており、肌にまとわりつく怖さがありました。
映像作品として、これはすごいと思ったホラー作品は2004年10月に公開された落合正幸監督作品「感染」です。社会的背景としては公開当時より現在のほうが、迫ってくるものがあると思います。
2025年8月10日 日曜日

成田悠輔さんの著書「22世紀の民主主義」を読みました。
世の中、「資本主義」と「民主主義」のかけ合わせで動いていますが、資本主義は格差と敗者を生み出すという特性があり、それを是正するためのシステムとして民主主義があるわけです。しかし、先般の参議院議員選挙や奈良市の市議会議員選挙、ひいては世界の状況を見るにつけ、民主主義が劣化していると感じている市民は多いのではないでしょうか。
5月に紹介した成田悠輔さんの著書「22世紀の資本主義」ではデータ科学の観点から、個々の市民をデータとして扱い、個人の持つデータによってモノの価格を変えることにより、市場経済自体に福祉的機能を持たせてはどうかというアイディアが語られました。
今回の著書では選挙制度に基礎を置く現代の民主主義が「劣化」してきていることを検証し、それに代わる、より正確に民主主義の理念を具現化する仕組みとして、やはりデータ科学を駆使した「無意識民主主義」というアイディアが語られています。
無意識民主主義とは、選挙結果だけでなく、インターネットや監視カメラが捉える会議や街中、家の中での言葉、表情やリアクションなどの匿名データを収集し、そこに現れる「民意データ」を、アルゴリズムで解析し、政策や意思決定に結びつける、というものです。これが実現すれば、政策は自動で無意識的に実行されるものになり、意思決定者としての政治家は不要になるというわけです。
たしかにこの方法なら民主主義的な意思決定における入力と出力の質と量を拡げることができ、複数の政策や論点に同時並行して対処できるので、今までになかった拡張可能性と自由度を獲得できるでしょう。でも、個々のデータの匿名性をどう担保するのか、アルゴリズムを創る人をどう選任するか(AIになるかも)このあたりが大きな問題点だと思いました。
本書で一番印象に残ったのは、民主主義と専制主義の現状を定点観測するデータを世界中の国から収集した過去20年間のデータ(V-Demプロジェクト)を成田さんが分析した冒頭部分で、
1.政党や政治家によるポピュリスト的言動
2.政党や政治家によるヘイトスピーチ
3.政治的思想、イデオロギーの分断
4.保護主義的政策による貿易の自由の制限
の4つの指標を縦軸に、横軸に各国の民主主義度合いをとったグラフを書くと、見事にどの指標も正の相関関係があることが分かり、民主主義への典型的脅威が今世紀に入ってから世界的に高まり、とりわけもともと民主主義的な国でその傾向が特に顕著であるという指摘は納得しました。
とりわけトランプ大統領のような政治家が増え、政治的な分断の高まりに乗じて極端な政策を掲げると、将来の税制や貿易に不透明感が増し、事業活動と経済政策を鈍らせたり、混乱させたりするでしょう。そこにSNSで拡散される過度な民意に忖度するようなことを政治がするなら民主主義はますますダメになるのではないか。そんな気がします。
世の中、「資本主義」と「民主主義」のかけ合わせで動いていますが、資本主義は格差と敗者を生み出すという特性があり、それを是正するためのシステムとして民主主義があるわけです。しかし、先般の参議院議員選挙や奈良市の市議会議員選挙、ひいては世界の状況を見るにつけ、民主主義が劣化していると感じている市民は多いのではないでしょうか。
5月に紹介した成田悠輔さんの著書「22世紀の資本主義」ではデータ科学の観点から、個々の市民をデータとして扱い、個人の持つデータによってモノの価格を変えることにより、市場経済自体に福祉的機能を持たせてはどうかというアイディアが語られました。
今回の著書では選挙制度に基礎を置く現代の民主主義が「劣化」してきていることを検証し、それに代わる、より正確に民主主義の理念を具現化する仕組みとして、やはりデータ科学を駆使した「無意識民主主義」というアイディアが語られています。
無意識民主主義とは、選挙結果だけでなく、インターネットや監視カメラが捉える会議や街中、家の中での言葉、表情やリアクションなどの匿名データを収集し、そこに現れる「民意データ」を、アルゴリズムで解析し、政策や意思決定に結びつける、というものです。これが実現すれば、政策は自動で無意識的に実行されるものになり、意思決定者としての政治家は不要になるというわけです。
たしかにこの方法なら民主主義的な意思決定における入力と出力の質と量を拡げることができ、複数の政策や論点に同時並行して対処できるので、今までになかった拡張可能性と自由度を獲得できるでしょう。でも、個々のデータの匿名性をどう担保するのか、アルゴリズムを創る人をどう選任するか(AIになるかも)このあたりが大きな問題点だと思いました。
本書で一番印象に残ったのは、民主主義と専制主義の現状を定点観測するデータを世界中の国から収集した過去20年間のデータ(V-Demプロジェクト)を成田さんが分析した冒頭部分で、
1.政党や政治家によるポピュリスト的言動
2.政党や政治家によるヘイトスピーチ
3.政治的思想、イデオロギーの分断
4.保護主義的政策による貿易の自由の制限
の4つの指標を縦軸に、横軸に各国の民主主義度合いをとったグラフを書くと、見事にどの指標も正の相関関係があることが分かり、民主主義への典型的脅威が今世紀に入ってから世界的に高まり、とりわけもともと民主主義的な国でその傾向が特に顕著であるという指摘は納得しました。
とりわけトランプ大統領のような政治家が増え、政治的な分断の高まりに乗じて極端な政策を掲げると、将来の税制や貿易に不透明感が増し、事業活動と経済政策を鈍らせたり、混乱させたりするでしょう。そこにSNSで拡散される過度な民意に忖度するようなことを政治がするなら民主主義はますますダメになるのではないか。そんな気がします。
2025年8月1日 金曜日

熊谷ョ佳(クマガヤ ヨリヨシ)さんの著書「2030―2040年 医療の真実 下町病院長だから見える医療の末路」を読みました。
現在、日本全国の医療機関は深刻な経営難に直面しています。新潟県においても厚生連関連施設、新潟市民病院、魚沼基幹病院などが週刊誌に「ヤバい病院(ヤバいとは財務諸表の数字が悪すぎるの意)」として掲載されています。
日本医師会は「ある日突然、病院がなくなる」との強い言葉で、医療経営の危機的状況を発信しています。帝国データバンクによると2024年の医療機関の倒産は64件、休廃業、解散は722件で、それぞれ過去最多を更新しました。また、東京商工リサーチによる2024年の介護事業所の倒産は179件と前年比36.6%増と過去最多を記録し、介護事業所が一つもない自治体も現れ始めました。具合が悪くても病院にかかれない、高齢や病気で日常生活に支援が必要になっても介護サービスを受けられないといった事態がすでに起きています。
本書は、東京大田区で三代にわたり地域医療に携わってきた下町の病院長であり、脳神経外科医として認知症医療の臨床現場に立つ著者が、医療介護分野の将来に対し強い危機感を持ち、その実態と課題を現場の目線で明らかにした内容となっています。
第1章 日本の医療・介護崩壊のリアル
第2章 2040年 医療の地獄絵
第3章 なぜ日本の病院は次々に潰れるのか
第4章 医療崩壊に導く5つの罪
第5章 海外に日本の未来が見える
第6章 2040年 日本の医療沈没を防ぐ処方箋
という構成で、地域医療の最前線に立つ中小病院が、どれほどの困難と制度の矛盾に直面しているかが赤裸々に語られており、日本の医療と介護が迎える危機的未来が見えてきました。
第1章と第2章では、認知症をはじめ病気による療養や介護が必要になった高齢者の受け入れ施設が激減し、近い将来、医療、介護にアクセスできずに苦しむ人が増える現状を紹介しています。第3章では、病院が次々に倒産する背景には、2年に1度行われる診療報酬改定があるとし、診療報酬による公定価格の引き上げの重要性を指摘しています。第4章では医療崩壊に導く5つの罪として、現在の問題を著者の主観で詳述していますが、この章は意見が分かれる課題であり、医師会や薬剤師会等も含めた利害関係が交錯します。第5章では海外の事例を踏まえて、日本の医療を考察します。第6章の最終章では、2040年に向かい日本医療の崩壊を防ぐ処方箋として、M&Aと医療DXの推進、医療、介護人材問題を提言しています。
著者の論説に触れ感じたのは、診療報酬や介護報酬といった公定価格の引き上げが課題であるという点です。医療、介護従事者の待遇を改善しなければ、持続可能な医療、福祉制度にはならないでしょう。また、患者の窓口負担も増加させないよう、国費で対応する必要があるかも知れません。しかし、先般の参議院選挙で維新の吉村代表が指摘されたように社会保険料を上げるのは無理だと思います。この問題に関して与党は、介護予防を推進することにより社会保険料は下げられると答弁していましたが、これまでも「シルバープラン」「ゴールドプラン」と称して、国は介護予防プログラムを実施してきた経緯があります。私も東京都健康長寿医療センターの介護予防指導員のライセンスを取得して、長岡市のプログラムに協力しました。結果は予算を無駄に使っただけでした。恐らくほかの自治体も同じだと思います。高齢になりフレイル、あるいはそれに近い状態になってから介入したのでは遅すぎるのです。
著者が提言された方策の中で最も共感したのは「患者、家族への医療リテラシー教育」です。医療情報は玉石混合ではあるけれども簡単にアクセスできるようになりました。しかし、満足のいく医療を受けたいなら担当医との信頼関係をつくることが必要で、そのためには患者も医療に参加することが大切です。
新潟県立十日町病院院長である吉嶺文俊先生が考案された「健康ファイル」は、このコーナーでも何度も紹介していますが、お金もかからず、簡便でわかりやすく、医師と信頼関係をつくるツールとして最適だし、医療費を抑える効果も期待できると思います。
持続可能な医療介護を望むなら、私たち患者も考える必要があるのではないでしょうか。
現在、日本全国の医療機関は深刻な経営難に直面しています。新潟県においても厚生連関連施設、新潟市民病院、魚沼基幹病院などが週刊誌に「ヤバい病院(ヤバいとは財務諸表の数字が悪すぎるの意)」として掲載されています。
日本医師会は「ある日突然、病院がなくなる」との強い言葉で、医療経営の危機的状況を発信しています。帝国データバンクによると2024年の医療機関の倒産は64件、休廃業、解散は722件で、それぞれ過去最多を更新しました。また、東京商工リサーチによる2024年の介護事業所の倒産は179件と前年比36.6%増と過去最多を記録し、介護事業所が一つもない自治体も現れ始めました。具合が悪くても病院にかかれない、高齢や病気で日常生活に支援が必要になっても介護サービスを受けられないといった事態がすでに起きています。
本書は、東京大田区で三代にわたり地域医療に携わってきた下町の病院長であり、脳神経外科医として認知症医療の臨床現場に立つ著者が、医療介護分野の将来に対し強い危機感を持ち、その実態と課題を現場の目線で明らかにした内容となっています。
第1章 日本の医療・介護崩壊のリアル
第2章 2040年 医療の地獄絵
第3章 なぜ日本の病院は次々に潰れるのか
第4章 医療崩壊に導く5つの罪
第5章 海外に日本の未来が見える
第6章 2040年 日本の医療沈没を防ぐ処方箋
という構成で、地域医療の最前線に立つ中小病院が、どれほどの困難と制度の矛盾に直面しているかが赤裸々に語られており、日本の医療と介護が迎える危機的未来が見えてきました。
第1章と第2章では、認知症をはじめ病気による療養や介護が必要になった高齢者の受け入れ施設が激減し、近い将来、医療、介護にアクセスできずに苦しむ人が増える現状を紹介しています。第3章では、病院が次々に倒産する背景には、2年に1度行われる診療報酬改定があるとし、診療報酬による公定価格の引き上げの重要性を指摘しています。第4章では医療崩壊に導く5つの罪として、現在の問題を著者の主観で詳述していますが、この章は意見が分かれる課題であり、医師会や薬剤師会等も含めた利害関係が交錯します。第5章では海外の事例を踏まえて、日本の医療を考察します。第6章の最終章では、2040年に向かい日本医療の崩壊を防ぐ処方箋として、M&Aと医療DXの推進、医療、介護人材問題を提言しています。
著者の論説に触れ感じたのは、診療報酬や介護報酬といった公定価格の引き上げが課題であるという点です。医療、介護従事者の待遇を改善しなければ、持続可能な医療、福祉制度にはならないでしょう。また、患者の窓口負担も増加させないよう、国費で対応する必要があるかも知れません。しかし、先般の参議院選挙で維新の吉村代表が指摘されたように社会保険料を上げるのは無理だと思います。この問題に関して与党は、介護予防を推進することにより社会保険料は下げられると答弁していましたが、これまでも「シルバープラン」「ゴールドプラン」と称して、国は介護予防プログラムを実施してきた経緯があります。私も東京都健康長寿医療センターの介護予防指導員のライセンスを取得して、長岡市のプログラムに協力しました。結果は予算を無駄に使っただけでした。恐らくほかの自治体も同じだと思います。高齢になりフレイル、あるいはそれに近い状態になってから介入したのでは遅すぎるのです。
著者が提言された方策の中で最も共感したのは「患者、家族への医療リテラシー教育」です。医療情報は玉石混合ではあるけれども簡単にアクセスできるようになりました。しかし、満足のいく医療を受けたいなら担当医との信頼関係をつくることが必要で、そのためには患者も医療に参加することが大切です。
新潟県立十日町病院院長である吉嶺文俊先生が考案された「健康ファイル」は、このコーナーでも何度も紹介していますが、お金もかからず、簡便でわかりやすく、医師と信頼関係をつくるツールとして最適だし、医療費を抑える効果も期待できると思います。
持続可能な医療介護を望むなら、私たち患者も考える必要があるのではないでしょうか。
2025年7月28日 月曜日

写真は「るろうに剣心」のラバーマスコットです。「るろうに剣心」の作者である和月伸宏先生のお母様から頂きました。実は、和月先生のご実家がご近所なのです。ちなみに、やはり漫画家の山口みずほ先生のご実家も近所です。
今や、マンガ、アニメは国内のみならず、海外でもジャポニズムを代表する文化として高く評価されており、それを代表する作家が同時期に二人もこの地から輩出されたのはすごいことです。(お二人とも長岡高校出身)
今や、マンガ、アニメは国内のみならず、海外でもジャポニズムを代表する文化として高く評価されており、それを代表する作家が同時期に二人もこの地から輩出されたのはすごいことです。(お二人とも長岡高校出身)
2025年7月22日 火曜日

2018年1月、NHK総合で放送された「シリーズ人体 神秘の巨大ネットワーク 第3集“骨”が出す!最高の若返り物質」では、骨は、単に身体を支えるだけでなく、実は「身体の若さ」を保つ働きをしていることが近年の研究成果として明らかになったことが紹介されていました。
特に「オステオカルシン」は、骨の中で作られ、血管を通って全身を巡り、記憶力、筋力、精力などを向上させる働きがあると考えられ、骨に刺激を与えることで分泌量が増えることもわかり、市民には運動を生活に取り入れるモチベーションになると感じました。
さて、今回紹介する石井優さんの著書「硬くて柔らかい複雑系 骨のふしぎ」は、骨を壊す細胞(破骨細胞)と、作る細胞(骨芽細胞)が、会話するように骨の新陳代謝を担っている様子を、貴重な実験画像を示しながら、わかりやすく解説しています。また、骨粗鬆症、関節リウマチ、がんといった病気と骨のかかわりも、免疫学を解説しながら紹介されています。
石井さんは大阪大学医学部で免疫学、骨代謝学を専門に研究されており、生体イメージングを駆使した免疫、骨システムの動態解析は前出のNHKの番組でも使われていました。
・はじめに
・第1章 骨は体を支える「柱」 その構造と支持組織としての機能
・第2章 「見えない骨」を見る科学 化石から最新技術まで
・第3章 骨の動的平衡 創造と破壊の繰り返し
・第4章 骨は全身機能を制御する 内分泌・代謝組織としての骨
・第5章 骨は免疫細胞のゆりかご 免疫組織としての骨、骨髄
・第6章 骨は秘密の隠れ家 がんと骨
・エピローグ 骨は人工的に作ることができるのか
・おわりに
という構成で「骨の魅力」が語られていますが、興味を惹かれたのは、第4章、第5章です。内分泌、代謝組織、免疫組織として骨をみると、臓器として果たしている役割の重要性が見えてきて、実に面白かったです。
第4章では、リンやカルシウムといった生命活動に必要な無機イオンを貯蔵し、必要に応じて体内に放出する働きの詳細が、第5章では血液が骨髄で作られる理由と造血幹細胞の詳細が語られます。
これまで、コロナウイルス関連や、がんの発生と治療関連の書籍などを通して、免疫を学習してきましたが、骨髄から旅立ったT細胞が胸腺で教育と選別を受けること、全身をめぐったT細胞やB細胞はやがて骨髄に戻ってくること、破骨細胞とはマクロファージが姿を変えた細胞であることなど、興味深い事実を知ることができました。
特に「オステオカルシン」は、骨の中で作られ、血管を通って全身を巡り、記憶力、筋力、精力などを向上させる働きがあると考えられ、骨に刺激を与えることで分泌量が増えることもわかり、市民には運動を生活に取り入れるモチベーションになると感じました。
さて、今回紹介する石井優さんの著書「硬くて柔らかい複雑系 骨のふしぎ」は、骨を壊す細胞(破骨細胞)と、作る細胞(骨芽細胞)が、会話するように骨の新陳代謝を担っている様子を、貴重な実験画像を示しながら、わかりやすく解説しています。また、骨粗鬆症、関節リウマチ、がんといった病気と骨のかかわりも、免疫学を解説しながら紹介されています。
石井さんは大阪大学医学部で免疫学、骨代謝学を専門に研究されており、生体イメージングを駆使した免疫、骨システムの動態解析は前出のNHKの番組でも使われていました。
・はじめに
・第1章 骨は体を支える「柱」 その構造と支持組織としての機能
・第2章 「見えない骨」を見る科学 化石から最新技術まで
・第3章 骨の動的平衡 創造と破壊の繰り返し
・第4章 骨は全身機能を制御する 内分泌・代謝組織としての骨
・第5章 骨は免疫細胞のゆりかご 免疫組織としての骨、骨髄
・第6章 骨は秘密の隠れ家 がんと骨
・エピローグ 骨は人工的に作ることができるのか
・おわりに
という構成で「骨の魅力」が語られていますが、興味を惹かれたのは、第4章、第5章です。内分泌、代謝組織、免疫組織として骨をみると、臓器として果たしている役割の重要性が見えてきて、実に面白かったです。
第4章では、リンやカルシウムといった生命活動に必要な無機イオンを貯蔵し、必要に応じて体内に放出する働きの詳細が、第5章では血液が骨髄で作られる理由と造血幹細胞の詳細が語られます。
これまで、コロナウイルス関連や、がんの発生と治療関連の書籍などを通して、免疫を学習してきましたが、骨髄から旅立ったT細胞が胸腺で教育と選別を受けること、全身をめぐったT細胞やB細胞はやがて骨髄に戻ってくること、破骨細胞とはマクロファージが姿を変えた細胞であることなど、興味深い事実を知ることができました。
2025年7月17日 木曜日

メディアアーティストで大学教授、企業のCEOという顔をもつ落合陽一さんの著書「忘れる読書」を読みました。
私と同世代の諸兄なら落合信彦さんは知っていると思いますが、陽一さんは息子さんです。
高校生の頃、落合さんが寄稿されていた雑誌を読んで感動し単行本は全て読破しました。学校の教材として読まされていた時には、つまらなかった文章が、落合さんや大藪春彦さんなど、好きな作家に勧められると、ドストエフスキーや太宰治、その他、岩波文庫全般が面白く感じられたから不思議です。音楽の授業でリコーダーを吹いた人は多いと思いますが、LedZeppelinのStairway to Heavenでイントロのギターとユニゾンで流れる、あの美しすぎるメロディを聴いた時、リコーダーという楽器のすごさがわかったことと似ています。
本書には、陽一さんが中学生の頃に「ニーチェを読まない奴とは話せない」と父親から言われたエピソードが載っていましたが、読者だけでなく息子に対しても同じような物言いをしていたことを知って、実に落合信彦らしいと思いました。
「読まなくてもいいからマルクスを鞄に入れておけ」を実践していたあの頃・・・。遠い昔です。
さて、本書は落合陽一さんが考える、現代における読書をすることの意味を、推薦する図書の紹介を交えながら論じています。
インターネットが普及し、情報を持っていること自体の価値はなくなった。その中で価値を生み出すのは、自分なりの「文脈」に気づき、俯瞰して情報を位置付けられる人である。それが新しい時代の教養であり持続可能な教養である。そして、「本」とは、ある程度体系化されたパッケージであるので、持続可能な教養を身につけるためには、とても適している。思考体力と気づく力は、ネットで細切れの情報に触れているだけでは、なかなか身につかない。
そして、持続可能な教養とは、まずは物事を「抽象化する思考」を鍛えること、次に「気づく」能力を磨くことである。
「抽象化する思考」を鍛えるためには読書が必要である。読書はたくさんの階層でものを考え、抽象化し、整理して脳にインプットしていくのに有効だからである。
「気づく」能力とは「課題を見つける能力」である。それを身に着けるために読書により、情報を咀嚼し深める必要がある。本は体系だった情報が一度に得られ、いいインプットになる。この時、単に多読するのではなく、ある程度俯瞰してものを見ようという目的意識を持って本を読み、読後に自分の中に残った知識や考えをざっくりと頭に入れ、「フックがかかった状態」にしておくことが大切である。
ざっと要約するとこんな感じでしょうか。
立花隆さんは、情報はインプットするだけでは教養にはならず、自分の言葉で再構成しアウトプットしなければならないと言いましたが、つまるところ落合さんも同じことを言っていると思いました。
読んだ本の9割は忘れたとしても、たくさんの本を通して様々な著者の思考プロセスをめぐった軌跡は頭の中に残っていて、やがてそれらが互いにリンクしていく。物事を考えるとき「あ、これって、あれとなんとなく似ている主張だな」とか、「あの部分とつながる考え方かな」というような思考のフックが、読書によって頭の中にたくさんつくられていき、アウトプットする時にカタチになる。ここが大切なんだと思います。
私と同世代の諸兄なら落合信彦さんは知っていると思いますが、陽一さんは息子さんです。
高校生の頃、落合さんが寄稿されていた雑誌を読んで感動し単行本は全て読破しました。学校の教材として読まされていた時には、つまらなかった文章が、落合さんや大藪春彦さんなど、好きな作家に勧められると、ドストエフスキーや太宰治、その他、岩波文庫全般が面白く感じられたから不思議です。音楽の授業でリコーダーを吹いた人は多いと思いますが、LedZeppelinのStairway to Heavenでイントロのギターとユニゾンで流れる、あの美しすぎるメロディを聴いた時、リコーダーという楽器のすごさがわかったことと似ています。
本書には、陽一さんが中学生の頃に「ニーチェを読まない奴とは話せない」と父親から言われたエピソードが載っていましたが、読者だけでなく息子に対しても同じような物言いをしていたことを知って、実に落合信彦らしいと思いました。
「読まなくてもいいからマルクスを鞄に入れておけ」を実践していたあの頃・・・。遠い昔です。
さて、本書は落合陽一さんが考える、現代における読書をすることの意味を、推薦する図書の紹介を交えながら論じています。
インターネットが普及し、情報を持っていること自体の価値はなくなった。その中で価値を生み出すのは、自分なりの「文脈」に気づき、俯瞰して情報を位置付けられる人である。それが新しい時代の教養であり持続可能な教養である。そして、「本」とは、ある程度体系化されたパッケージであるので、持続可能な教養を身につけるためには、とても適している。思考体力と気づく力は、ネットで細切れの情報に触れているだけでは、なかなか身につかない。
そして、持続可能な教養とは、まずは物事を「抽象化する思考」を鍛えること、次に「気づく」能力を磨くことである。
「抽象化する思考」を鍛えるためには読書が必要である。読書はたくさんの階層でものを考え、抽象化し、整理して脳にインプットしていくのに有効だからである。
「気づく」能力とは「課題を見つける能力」である。それを身に着けるために読書により、情報を咀嚼し深める必要がある。本は体系だった情報が一度に得られ、いいインプットになる。この時、単に多読するのではなく、ある程度俯瞰してものを見ようという目的意識を持って本を読み、読後に自分の中に残った知識や考えをざっくりと頭に入れ、「フックがかかった状態」にしておくことが大切である。
ざっと要約するとこんな感じでしょうか。
立花隆さんは、情報はインプットするだけでは教養にはならず、自分の言葉で再構成しアウトプットしなければならないと言いましたが、つまるところ落合さんも同じことを言っていると思いました。
読んだ本の9割は忘れたとしても、たくさんの本を通して様々な著者の思考プロセスをめぐった軌跡は頭の中に残っていて、やがてそれらが互いにリンクしていく。物事を考えるとき「あ、これって、あれとなんとなく似ている主張だな」とか、「あの部分とつながる考え方かな」というような思考のフックが、読書によって頭の中にたくさんつくられていき、アウトプットする時にカタチになる。ここが大切なんだと思います。
2025年7月6日 日曜日

矢口史靖監督作品「ドールハウス」を観ました。本作は原作のない映画オリジナル脚本です。
チラシの紹介ではドールミステリーとなっていますが、これはホラーです。それもジャパニーズホラーの火付け役となった1998年公開、中田秀夫監督作品「リング」と肩を並べるくらい秀逸の。
主人公は専業主婦の鈴木佳恵。総合病院で看護師をしている夫、忠彦と5才になる娘、芽衣と三人、新築一戸建てで幸せに暮らしていました。
ある日のこと、芽衣の友だち数人が遊びに来て、佳恵がおやつを買いに行っている間、子供たちは「かくれんぼ」をして遊んでいました。ところが、佳恵が帰ってくると子供たちの姿はなく、不審に思い芽衣の友だちの家を訪ねると、芽衣ちゃんはママのところに行ったのだと思って、解散して家に帰ったのだと言います。他の子供たちも皆家に帰っており、芽衣だけが見つかりません。忠彦、警察にも連絡をとり、必死に探しましたが見つかりませんでした。
その夜、佳恵は購入したばかりのドラム式洗濯機のフタを開けると、そこに無惨な姿になった芽衣を発見したのでした。それから佳恵は自責の念にかられ、精神を病んでしまいます。
それから1年後。佳恵はまだ精神的に不安定な状況が続いており、忠彦が勤務する病院の精神科に通っていました。そんなある日、何かに導かれるように行った骨董市で、どことなく芽衣に似ている古びた幼女人形を見つけ即購入します。佳恵は人形をまるで芽衣が生きているかのように可愛がり、笑顔を取り戻します。
忠彦は人形に驚き、佳恵のことが心配になりますが、精神科医から「海外ではドールセラピーは効果があると実証されているから大丈夫」と聞かされ、自身も佳恵に寄り添い、人形を生きてる娘のように扱うようになります。それから間もなく、佳恵は妊娠。第2子となる真衣を出産します。
真衣が生まれると、佳恵は人形のことなどすっかり気にかけなくなり、雑に扱うようになりました。そして、購入した時に付属していた、内向きにお札が貼られた木箱に入れ、納戸の奥にしまいます。
5才になった真衣は納戸の人形を見つけます。佳恵は人形の髪と爪が伸びていることに気付きます。人形は昭和7年製作と古く、当時は人間の髪の毛が使われていたこともあり、伸びたのかもと考えましたが、爪も伸びたことの説明はつきませんでした。
真衣は人形をとても気に入り、いつしか人形に「アヤちゃん」と話しかけるようになりました。真衣は、「アヤちゃんが名前を教えてくれたの」「アヤちゃん、喋れるんだよ」と、うれしそうに佳恵に話します。
この頃から佳恵の周囲で不可解な出来事が頻発するよになりました。真衣の行動もおかしくなり、保育園で首吊りや、溺れているような子供の絵を描くようになります。佳恵は人形が本当に動いているのではないかと怪しむようになります。
人形が創出された秘密がわかった時、あまりの残忍さに目をそむけたくなり、ラストシーンで真実がわかった時、観客は終わらない恐怖に包まれます・・・。
チャイルドプレイ、アナベル、最近ではミーガンなど、人形が登場するホラー作品は多いですが、本作は物語の完成度が群を抜いています。
本作の底には、子供を失った母親の絶望とトラウマが漂っており、それが作品に奥深さや重厚感を与えていたように感じました。見事だったのは、作中に登場する道具や情報に、それぞれきちんと意味を持たせていたことです。例えば、ドラム式洗濯機やYouTubeにあがっていた一見意味がないような動画まで、最初は何気なく出てきたものが、時間を追うごとに「だからこうだったのか」と納得させる要素として見えてくるところです。
展開のよさと、見事な伏線回収。重層的に織りなされる物語が、恐怖の波となって絶え間なく打ち寄せる珠玉のホラーでした。
チラシの紹介ではドールミステリーとなっていますが、これはホラーです。それもジャパニーズホラーの火付け役となった1998年公開、中田秀夫監督作品「リング」と肩を並べるくらい秀逸の。
主人公は専業主婦の鈴木佳恵。総合病院で看護師をしている夫、忠彦と5才になる娘、芽衣と三人、新築一戸建てで幸せに暮らしていました。
ある日のこと、芽衣の友だち数人が遊びに来て、佳恵がおやつを買いに行っている間、子供たちは「かくれんぼ」をして遊んでいました。ところが、佳恵が帰ってくると子供たちの姿はなく、不審に思い芽衣の友だちの家を訪ねると、芽衣ちゃんはママのところに行ったのだと思って、解散して家に帰ったのだと言います。他の子供たちも皆家に帰っており、芽衣だけが見つかりません。忠彦、警察にも連絡をとり、必死に探しましたが見つかりませんでした。
その夜、佳恵は購入したばかりのドラム式洗濯機のフタを開けると、そこに無惨な姿になった芽衣を発見したのでした。それから佳恵は自責の念にかられ、精神を病んでしまいます。
それから1年後。佳恵はまだ精神的に不安定な状況が続いており、忠彦が勤務する病院の精神科に通っていました。そんなある日、何かに導かれるように行った骨董市で、どことなく芽衣に似ている古びた幼女人形を見つけ即購入します。佳恵は人形をまるで芽衣が生きているかのように可愛がり、笑顔を取り戻します。
忠彦は人形に驚き、佳恵のことが心配になりますが、精神科医から「海外ではドールセラピーは効果があると実証されているから大丈夫」と聞かされ、自身も佳恵に寄り添い、人形を生きてる娘のように扱うようになります。それから間もなく、佳恵は妊娠。第2子となる真衣を出産します。
真衣が生まれると、佳恵は人形のことなどすっかり気にかけなくなり、雑に扱うようになりました。そして、購入した時に付属していた、内向きにお札が貼られた木箱に入れ、納戸の奥にしまいます。
5才になった真衣は納戸の人形を見つけます。佳恵は人形の髪と爪が伸びていることに気付きます。人形は昭和7年製作と古く、当時は人間の髪の毛が使われていたこともあり、伸びたのかもと考えましたが、爪も伸びたことの説明はつきませんでした。
真衣は人形をとても気に入り、いつしか人形に「アヤちゃん」と話しかけるようになりました。真衣は、「アヤちゃんが名前を教えてくれたの」「アヤちゃん、喋れるんだよ」と、うれしそうに佳恵に話します。
この頃から佳恵の周囲で不可解な出来事が頻発するよになりました。真衣の行動もおかしくなり、保育園で首吊りや、溺れているような子供の絵を描くようになります。佳恵は人形が本当に動いているのではないかと怪しむようになります。
人形が創出された秘密がわかった時、あまりの残忍さに目をそむけたくなり、ラストシーンで真実がわかった時、観客は終わらない恐怖に包まれます・・・。
チャイルドプレイ、アナベル、最近ではミーガンなど、人形が登場するホラー作品は多いですが、本作は物語の完成度が群を抜いています。
本作の底には、子供を失った母親の絶望とトラウマが漂っており、それが作品に奥深さや重厚感を与えていたように感じました。見事だったのは、作中に登場する道具や情報に、それぞれきちんと意味を持たせていたことです。例えば、ドラム式洗濯機やYouTubeにあがっていた一見意味がないような動画まで、最初は何気なく出てきたものが、時間を追うごとに「だからこうだったのか」と納得させる要素として見えてくるところです。
展開のよさと、見事な伏線回収。重層的に織りなされる物語が、恐怖の波となって絶え間なく打ち寄せる珠玉のホラーでした。