日常のささいなことを綴った不定期更新の日記です
2017年12月15日 金曜日
ラジオ
2004年に発生した中越地震の際に支援物資として支給された小さなラジオを、本を読む時の友達として使い続けてきたのですが、とうとう壊れてしまい新調しました。
購入したのは朝日電器株式会社(ELPA)の製品で、ポッキーチョコレートの箱半分くらいの大きさです。PLLデジタル同調受信で放送局をテンキーに割り振ることができ、テレビのチャンネルを変える感覚で使えます。また、タイマーがついているのでつけっぱなしで寝てしまっても大丈夫です。感度も悪くないし、聴きやすい音質に変えることもでき、有名メーカー品と比べても見劣りしません。これで3,000円(単三電池2本別売り)はお買い得でした。
テレビにはない、ラジオの良さはいろいろあると思いますが、リスナーとの距離が近く、情報の質も高いと感じます。例えば時事問題。財政赤字の問題を挙げるなら、1千兆円の負債は実は無いに等しいという考え方もあることが分かり、一方向からだけの議論にとどまらない奥行があります。また、ワイドショーには出てこない若い論客の鋭い指摘が聴けるのも魅力です。荻上チキさん、武田砂鉄さん、湯浅誠さん、雨宮処凛(あまみやかりん)さんなど、オジサンのさびついたアタマに油をさしてくれます。
一度、BSNラジオで夜10時から放送している「荻上チキセッション22」を聴いてみて下さい。

2017年12月11日 月曜日
ネコのカイちゃん
近所の飼い猫の海(カイ)ちゃんが今年の春頃から姿を見せなくなって、どうしたのかと心配していたのですが、11月になって久しぶりに遊びに来たので抱き上げてみたら、背骨の輪郭がわかるほどに痩せて体重が半分くらいになっていました。飼い主の奥さんに聞いたところ、どうも除草剤のついた草を食べてしまったことが原因で、ご飯が食べられなくなっていたとのこと。あれから約一月。体重は変わっていないものの、動きを見ていると以前と変わらないくらい走れるようになったし、ジャンプも飛べるようになったので、だいぶ回復してきたようです。
よかった。よかった。

2017年12月10日 日曜日
世界ネコ歩きのポスター
一匹のネコを一年間飼育するのにかかる費用は約11万円。仮に15年間飼育すると165万円かかり、現在国内で飼育されている数を考えると市場規模は1兆円を超えるのだそうです。まさにアベノミクスならぬネコノミクスです。この経済効果の中にはネコ関連のグッズや書籍なども含まれるらしいのですが、ネコが主役の映画「劇場版 岩合光昭の世界ネコ歩き コトラ家族と世界のいいコたち」を観ました。
動物写真家として世界的な評価を受ける岩合光昭さんが、津軽のリンゴ農家で暮らすネコのコトラと、その子供たちの成長を追うと共に、さまざまな国々の街角や海辺で暮らすネコたちの表情をネコ目線で撮ったドキュメンタリー作品です。
リンゴの枝、屋根の上、砂浜、何気ない街角、ネコがいるだけでなんだか平和で暖かな感じがします。ネコ好きには映像を見ているだけで幸福感にどっぷりと浸れ、ネコを擬人化したりせず、あくまでもネコが持つ野性や習性、生命力を尊重しているところに好感が持てました。
ナレーションの吉岡里帆さんの静かであたたかな声も作品とマッチしてとてもよかったです。

2017年12月7日 木曜日
文系人間のためのAI論の表紙
現在、金曜の午後10時からEテレで放送中の「人間ってナンだ?超AI入門」を楽しみにしています。全12回シリーズで毎回、最新のAI(Artificial Intelligence)人工知能の仕組みを解説しながら、社会のあらゆる分野で進むAI化の波の中で知っておくべきエッセンスや、人工知能を知ることで人間の本質とは何かを考えるバラエティ番組です。
ナレーションにはAIと大きな関わりがあり、視覚障害者向けの音声パソコンにも使われている音声合成技術(番組ではHOYAの製品)が使われています。
今、量子コンピューター開発のニュースと共に話題になっているAI。その発達はめざましく、囲碁の対局から株取引、医療における画像診断、家庭においてはスマートスピーカーまで、すでに私たちの生活に確実に入り込んできています。
番組を見ていると、AIと人間の関係や、AIによって社会はどんな変化をしていくのか、もう少し知りたくて、哲学者、高橋透さんの著書「文系人間のためのAI論」を読みました。
2045年と予測されている、AIが人間の能力をはるかに凌ぐ特異点(シンギュラリティー)が訪れると、特定の分野に特化したAIから、より人間の脳に近い汎用的なハイパーAIが登場し、人間の脳はコンピューターと融合していかざるをえなくなると著者は指摘します。その時に人間の存在意義や、人類の歩むべき道はどうあるべきか、AIのある未来を哲学的立場から考察しています。
今、ネットがない日常など考えられないことからも、第4次産業革命とも呼ぶべきIoT、ビッグデータ、ロボット、AI、これらが統合されるAIoTなど、情報技術革新は加速度的に進行しているのは肌で感じるものがあります。
原発がそうであったように、たとえそれが人間に利益以上の不利益をもたらすかも知れないという見方があっても、それに対する解決策を考えながらテクノロジー開発を止めないのが人間の業なのかも知れないと思います。哲学者の栗原隆さんは「するべきが故に、なし能う」と教えて下さいましたが、文明に見合う文化が社会にないと、幸せになれないのではないか、そんな気がします。

2017年12月3日 日曜日
赤いきつね
今年も流行語大賞が話題になる時期になりました。ラジオでも今年ヒットした本を特集した番組をやっており、このコーナーでも紹介した中野信子さんの「サイコパス」や、呉座勇一さんの「応仁の乱、戦国時代を生んだ大乱」丹羽宇一郎さんの「死ぬほど読書」などベストセラーが挙がっていましたが、河合雅司さんの「未来の年表、人口減少日本でこれから起きること」は、ぜひ読んでみたいと思いました。内容はこれから100年間に日本で起こることを文字通り年表形式にまとめたもので、
2020年、女性の半数が50才を超える。
2024年、全国民の3人に1人が65才以上。
2027年、輸血用血液が不足する。
2033年、3戸に1戸が空き家になる。
2039年、火葬場が不足する。
2040年、自治体の半数が消滅する。
2042年、高齢者人口がピークに達する。
と衝撃的なことが列挙されたオビから、私たちが突きつけられた現実がいかに厳しいものか伝わってきます。私の住んでいる地域(40年前に造成された新興住宅地)でも高齢者のみ世帯の急増で地域の班長ができる世帯が限られてくるなど、人口減少問題はすでに顕在化しています。
もっとも輸血用血液については新潟県は現在でも慢性的に不足傾向で、特に冬季は不足します。
この日も、リバーサイド千秋にある献血ルームは人影もまばらで、予定していた時間よりはるかに早く終わってしまいました。それで、向かいの映画館にフラリと入ると、吉田照幸監督作品「探偵はBARにいる3」がちょうど始まるところだったので、あったかいコーヒーを買って入りました。
この作品は東直己の小説「ススキノ探偵シリーズ」を映画化したもので、シリーズ3作目となります。前作も前々作も観たことがなく、まっさらな状態で観ましたが、実によかった。探偵というと私たち世代は松田優作さんのテレビシリーズ「探偵物語」を連想しますが、大泉洋さん演じる探偵の相棒、高田役を松田優作さんの長男、松田龍平さんが演じており、ジャンル的にはハードボイルドなのでしょうが、「探偵物語」にも通じるユーモアとウィットとペーソスにあふれた作品でした。
写真は献血の景品です。日赤だけに「赤いきつね」なんでしょうか。あはは。

2017年11月25日 土曜日
「ざんねんないきもの事典」の表紙
夜、夕食を終えて近所の原信に買い物に行ったところ、雑誌のコーナーで「おもしろい!進化のふしぎ ざんねんないきもの事典」を見つけました。ラジオで雑誌ダヴィンチ編集長の関口靖彦さんが、子供向けだけど大人が読んでも十分面白い本として紹介していたことを思い出して読んでみたくなり、パンといっしょにカゴに入れてしまいました。
本書は「うんこ漢字ドリル」に続き、発行30万部を突破して現在大ヒットしている児童書です。動物学者の今泉忠明さん監修で、122種の動物の体の作りや、生態に関するトリビアをイラスト付きで紹介しています。例えば、シマリスのページを開くと、「シマリスのしっぽは簡単に抜けるが、再生はしない」という見出しがあり、抜けたしっぽにアセるシマリスの可愛いいイラストが添えられています。そして「シマリスのしっぽが簡単に抜けるのは、敵におそわれた時にしっぽを捨てて逃げるトカゲと同じ発想の防御本能」というウンチクと、「ペットとしても人気のシマリスですが、はしゃいでしっぽを持つと地獄図が広がることにもなるので、注意しましょう」という笑えるオチがついているという具合です。
なによりもよかったのは、本を開くと第1章に「ちょっぴり進化のお話」として進化論が出てくるのですが、ダーウィンの理論には、優れたもの、劣ったものという概念は存在しないこと、決して下から上に向かっていくのが進化でないこと、現在の環境が激変すれば人類でさえも絶滅する可能性があることを、子供にもわかりやすく説明しているところです。この本が大人にもウケた理由も実はこのあたりにあって、人間のモノサシで計れば、残念な姿や生き方かも知れないけれど、それでも、生きるために、けなげに頑張る生き物たちに、自分の姿を重ねるからではないか。そんな気がしました。

2017年11月22日 水曜日
「言ってはいけない」の表紙
橘玲(たちばなあきら)さんの著書「言ってはいけない、残酷すぎる真実」を読みました。
子供の頃、教師から返された満点の答案を誇らしげに広げている同級生を尻目に、それなりに勉強はしたものの彼には遠く及ばず「アイツはオレと違って地頭がいいからなぁ・・・。」なんて思いながら、劣等感がつまった重いランドセルを背負って帰ったものです。
果たしてアタマの良さとは遺伝なのか?本書は、ヒトの知能に関する環境と遺伝の関係性を論じています。
知能は生き残るために必要なものであり、それを決めるのは遺伝だとすると不平等な社会になってしまうため、私たちは無条件に生活環境を全ての理由にしたがる傾向があると著者は指摘します。さらに、エビデンス(科学的根拠)のある研究結果から知能は遺伝により決まることが証明されているとし、非科学的な環境論などに左右されない適切な対処をすべきであると著者は主張します。
確かに、人間は遺伝や生まれた環境で、個々に持っている能力や美貌は違うかも知れません。けれど、人生にとって大切なことは自分自身が幸せを感じられるかどうかであって、能力や資産の量と幸福感は必ずしも比例するものではないと思います。

2017年11月5日 日曜日
オレンジリング
長岡市役所アオーレで開催された、新潟日報社主催による、福祉や健康に関わる様々な情報が集う総合イベント「福祉・介護・健康フェア2017」に参加しました。
昼間は上着が要らないくらい暖かくなり、アオーレに集まった多くの市民はイベントに参加したり、ナカドマと呼ばれる屋根付きのフリースペースに設置された飲食ブースで食事をしたり、思い思いに小春日和を楽しんでいました。
私は「長岡ドクターヘリと救急医療」というセミナーと、認知症サポーター養成講座を受講しましたが、どちらも事前申し込みが必要であったにもかかわらず盛況でした。
「長岡ドクターヘリと救急医療」は長岡赤十字病院集中治療科部長と救急救命センター副センター長を兼務する宮島衛先生を講師に、2017年3月より長岡赤十字病院に配備された、新潟県としては2機目となるドクターヘリの概要と稼働状況、地域医療をより良いものするために市民に期待したいことなど約1時間、興味深い話を聞かせていただきました。
ドクターヘリは朝8時30分から日没までが稼働できる時間帯で夜間は飛べないことや、あらかじめ県内807の地点にランデブーポイントと呼ばれる着陸地点が決められており、そこまでの患者搬送は従来通り救急車により行われること、ドクターヘリの患者負担は保険診療の往診として算定され、患者さんを搬送する手段というより、医師や看護師を救急の現場に投入するという意味が強いことなど、イメージとは少し違っていたところもありました。
2017年3月から9月まで、ほぼ毎月50件前後の要請があり、内訳は外傷が54.6パーセント、脳卒中が14.8パーセント、心疾患が8.2パーセントで圧倒的に外傷が多いそうです。
心停止から3分、呼吸停止から10分、大量出血したら30分以内に適切な応急手当をしないと救命率は一気に下がると言われています。中山間地域が多い新潟県ではドクターヘリは極めて有効な手段といえるでしょう。
認知症サポーター養成講座では、認知症に対する正しい知識と理解を持ち、地域で認知症の人やその家族に対してできる範囲で手助けができるように、看護師さんや介護福祉士さんがやさしく解説して下さいました。
特に認知症の人に対する接し方を表現した寸劇は圧巻で、認知症の人に限らず誰に接する時も、たとえ相手が間違っていると思えても、相手には相手の事情があるのかも知れないことを、一歩引いて考えられる余裕が大切だと気付かされました。
写真は認知症サポーター養成講座を受講した証にもらえるオレンジリングです。

2017年10月24日 火曜日
「嘘と人形」の表紙
ずっと以前「ダルマ女」の話を聞いた時には、真相は分からない都市伝説ではあるけれど、いわゆる心霊現象の話などより、はるかに怖いものがありました。岩井志麻子さんが創作する小説世界にもそういった要素があり、単純なホラーではない現代社会の歪みが生み出す恐怖が、これでもかというくらい迫ってきます。
そんな岩井さんの新著「嘘と人形」は、格差社会の拡大が生んだ貧困者の悲しくも恐ろしい闇の世界を描いた、昨今の流行?になっている「イヤミス小説」です。
現代はインターネットを介して世の中とつながり、自分は誰にでも、何にでもなれると思ってしまう人がいるようですが、やはりそれは現実ではないわけです。それに気づかず、リアルな世界と虚構の世界のバランスが崩れてどんどん妄想の世界に中に迷い込んでしまい、SNSの「いいね!」を押してもらうため、あるいは「インスタ映え」する画像を撮るためだけに、収入に見合わないお金を使ってしまった結果、身銭を稼ぐことになり、そこから抜け出せなくなる。そんな危うさ、怖さがあります。読者がイヤミス小説に抱く感情は、怖いけど自分にも起きるかも知れない、あるいは理解できる部分もあるから不快で不安な気持ちになるのかも知れません。
ところで、渉外の銀行員から聞いた話です。
今や誰もが持っているクレジットカード。ポイントが付くので、スーパーの支払いから公共料金、病院の会計までカード決済している方も多いでしょう。カード会社に対する支払いは月締めで一括払いするのが一般的だと思いますが「リボルビング払い」という支払方法があり、これが多重債務で生活が破綻する人の入口になっていると彼は言います。
リボルビング払いとは、今、インスタ映えするネタのために50万円が欲しいけれど、銀行口座にそれほどの残高はない時、カード会社の支払いを毎月一定額、例えば5千円支払うことで買うことができる支払い方法です。当然のことながら金利、手数料はかかるし返済も長期に及びます。ちょっと考えればどういうことになるか分かりそうなものですが、毎月5千円という気安さとインスタ映えが優先されてしまう。結果、借金意識が低くなり債務超過になる。
恐怖は日常のすぐとなりにあります。

2017年10月14日 土曜日
「リベラルという病」の表紙
山口真由さんの著書「リベラルという病」を読みました。
山口さんは高学歴タレントとして、テレビやラジオなどでも活躍されているので、ご存知の方も多いと思いますが、現在、東京大学法学部政治学研究科で総合法政を専攻され、日米の家族法を研究されている法律家です。
本書は、アメリカにおけるリベラル(自由主義)とコンサバ(保守主義)を対比して検討し、さらに日本におけるリベラルと保守の違いについて考察した内容です。タイトルからするとリベラルを批判した内容だと思われるかも知れませんが、リベラルと保守の基本的な相違点が分かりやすく解説されており、アメリカという国の最も基本的な仕組みまで理解できる良書です。
アメリカにおけるリベラルは異文化に対してどちらかといえば実は不寛容で、尊重するのはむしろ保守であって、リベラルこそ世界に民主主義を広めようとする、つまり、いわゆるアメリカ帝国主義を体現しているのはリベラルであると山口さんは指摘します。このあたりは多くの日本人が誤解していることなのかも知れないと思いました。また、アメリカにおけるリベラルは人間の理性を信頼し、自然すら人間がコントロールできると信じているようですが、私たち日本人は、心の奥深いところで人知の及ばないことは確かにあると感じていて、それに対する畏怖の念を持っており、アメリカのイデオロギーとしてのリベラル、保守という考え方自体が馴染まないのかも知れないと思いました。

2017年10月9日 月曜日
「アウトレイジ最終章」ポスター
北野武監督作品「アウトレイジ最終章」を観ました。2010年公開のアウトレイジ、2012年公開のアウトレイジビヨンドに続く、3部作の完結編です。
アウトレイジシリーズは、対立するヤクザ組織内外の裏切りと打算、強烈なエゴをムキ出しにした下剋上を描いた群像劇ですが、企業や団体、政治の世界でも似たような争いは日々起こっていて、ただそこに暴力がないだけなんじゃないかと思いました。第48回衆議院選挙真っ只中の今、連日報道される各政党や政治家の動きを見ているとアウトレイジそのままというか、現実世界のほうがはるかに汚いかも知れないことを想像させます。
北野作品では1993年に公開された「ソナチネ」と「アウトレイジ」を対比して論評されることも多いようですが、ソナチネを純文学とするならアウトレイジは大衆小説で、演出も派手でストーリーも分かりやすかったですが、北野作品に共通する、100個のうち99個が汚いものであっても、1個きれいなものがあればそれでよく、その1個を守るためなら命すらいとわないという純粋さが本作でも伝わってきました。

2017年10月1日 日曜日
映画「ユリゴコロ」のポスター
熊澤尚人監督作品「ユリゴコロ」を観ました。原作は沼田まほかるさんの同名小説です。
物語は、亮介が余命わずかな父の書斎で見つけた、ユリゴコロと名付けられた、人の死でしか心を満たすことができなかった女性の手記を入口に、彼女の壮絶な人生と、彼女との数奇な運命が明らかになっていくことに苦悩する亮介と父の姿を描いています。ジャンル的にはサイコサスペンスですが、壮絶な愛と宿命の物語としても成立している奥の深い作品でした。
エンドロールが流れる中で、美沙子にとって洋介は教誨師(死刑囚の心を救済する人)であったのではないかと思いました。しかし、自分を不幸のどん底に突き落とした人を愛し、救うことができる人などいるのか、親鸞の悪人正機説を思い出し、ため息をつきました。深い余韻が残りました。

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